高き陽に恋焦がれ

□第拾伍話
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炭治郎達は上弦の陸との戦闘で2ヶ月ほど療養していた。先の戦闘にて刀の刃こぼれが酷く鍛練に来れないという報せを彼の鴉から聞き時血夜は療養に励むようにと伝えた。上弦を倒した事により鬼殺隊の士気が上がった事は目に見えて分かる事で時血夜の鍛練に来る者がどっと増えた。時血夜としては疲れを感じないのでいつまでも相手ができるのだが人はそうではない。というのも平隊士の話で柱ともなれば体力は平隊士の比ではなく今日も今日とて何十人という隊士の相手をした後、夕刻前に姿を現したのは岩柱・悲鳴嶼行冥であった。

「宜しくお願い致します」

「……あぁ」

正直な事を言えば時血夜は行冥の相手が苦手だった。速さもさることながら技の応用、戦闘時の機転やらが百戦錬磨のそれだ。元上弦の弐と言えど苦労する。

「ぐぅっ…!」

極め付けはあの武器だ。少し触れただけでも火傷したかのように皮膚が熱くなる。恐らく陽の光を存分に吸収した武器なのだろう。そしてそれを正確に操るものだからそれらを総じて時血夜は行冥の相手が苦手であった。しかし苦手だからと避けるのは己の頚を絞めることと同義。時血夜は手加減はするものの殺す勢いで行冥を追い詰める。

「ッ!!」

腕を斬られ無防備になった頚に刃が迫る。咄嗟に斬り取られた腕を行冥に己の血が掛かるように動かした。

「ッ!?」

「血鬼術・紅冬衣!!」

途端にビタリと行冥の動きが止まる。掛けられた血が氷のように固まり動けなくなったのだ。それは刃も同様で空中で止まったまま動かない。時血夜はそのまま己の血を固め細く長い槍のような形を作り手にした。それを思い切り行冥の鳩尾目掛け突き出す。

「!!」

しかしそれより数瞬早く行冥が動き視界から消えた。背後へ血の槍を突き出したところで頚に熱を感じ蹲る。

「…はっ、はぁ…私の負けに御座いますね」

「……」

お互いに腕を下ろしそのまま客間へと向かった。どうやらここに鍛練に来た者は鍛練後少し時血夜と談笑してから帰るのがお決まりとなったようで行冥もそれは例外では無いらしい。茶は出せないが行冥は特に気にする素振りもなく庭に面する縁側へと腰を下ろした。その背が見える障子の陰に時血夜も腰を下ろす。

「岩柱様はお強いですね。私では役不足に感じてしまいます」

「…そんなことは……ない」

「ふふ、有り難きお言葉、感謝致します」

笑う時血夜の姿は見えないが行冥は振り返る。他の隊士達の話によると彼女は10代半ばの容姿をしている大層な美人だとか。しかしいざ話してみればそんな事は微塵も感じさせない大人びた女だと思った。

「…不思議な鬼だな」

「……はい?」

空気の揺れで時血夜が首を傾げたのが分かってしまい行冥は少し笑ってしまう。その素振りは年頃の娘と何ら変わりのないものだからだ。10代半ばで鬼となったのであればきっと、年頃の娘のようなことは出来なかったのだろうと簡単に予想できた。

「見目は年若い娘であるというのに話してみると私より年上のように感じてしまう」

「年月だけであれば鬼殺隊のどなた様より年上に御座いますからね」

クスクスと笑う空気が心地よいと思う。白無垢を身に纏った彼女はきっとさぞ美しいのだろう。盲目で見えない事が惜しいと思った。

「…一つ、聞きたい事がある」

「なんなりと」

「鬼舞辻無惨を倒した後…お前はどうする?」

時血夜が口を噤んだのが空気の揺れで分かった。本部にて時血夜は鬼舞辻を滅した後のことを語らなかった。必要が無かったとも言える。何故ならその当時は皆時血夜は早い段階で裏切ると予想していたからだ。だが今はどうだろう。予想に反し彼女は渾身的に鬼殺隊に協力しており彼女に救われた隊士は少なくない。隊士の質も上がっており今や無くてはならぬ存在にまでなった。そんな彼女は鬼舞辻を倒した後、どうするのか少し気になった。時血夜は暫し考えた後、ふっと笑い何事もなく答えた。

「隊士様のどなた様でも良いので頚を刎ねて頂きます」

返答は行冥が予想した通りであった。時血夜には生きることへの執着が感じられないことは会った時から分かっていた。鬼舞辻を倒す、ただそれだけのために生きる彼女は目的を成し得たら早々にこの世から消えるという。あまりにも潔く、悲しいことだと思う。時血夜は鬼舞辻に人生を狂わされた者だ。人並みの幸せすら手に入れる事が叶わず死んでしまう。あまりにも可哀想で、行冥は涙する。

「そうか……」

「!? い、岩柱様泣いておられるのですか!?何故!?」

ワタワタとする時血夜は知らない。行冥が流す涙が彼女を思ってのものだと気付くはずもない。それがまた悲しく行冥は念仏を唱えた。

(どうか…お前が死ぬその瞬間まで、幸せな未来があることを……)
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