高き陽に恋焦がれ
□第拾弐話
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蝶屋敷が目と鼻の先に近づいた時、炭治郎の鼻がとある匂いを嗅ぎつけた。クンクンと匂いを辿るとその人物は蝶屋敷の門前にいるようだった。
「あら?」
「冨岡さん!」
門前にいたのは義勇だった。スイッとこちらに視線を寄越すと隠達が慌てて頭を下げた。その脇をしのぶが通り過ぎ声をかける。
「珍しいですねここまでいらっしゃるなんて。なにか御用ですか?それとも怪我を?」
「……いや、」
そう発すると義勇は先に蝶屋敷へと入ってしまった。首を傾げる一行だが義勇の言葉足らずは今に始まったことではない。しのぶは特に気にせず後を追った。
「先に皆さんを診ますから時血夜さんはいつもの部屋で待っていてください」
「はい」
炭治郎達は診察室へ、時血夜は別室へと向かった。診てもらった炭治郎達だが特に異常はなく健康状態とのこと。善逸も目を覚まし、しのぶと共に時血夜の待つ部屋へ向かい扉を叩く。
「時血夜さん、よろしいですか?」
「はい、只今」
開けた扉の先には禰豆子と手遊びをしている時血夜が見えた。名残惜しそうに手を伸ばす禰豆子の頭を撫で時血夜はしのぶに続いて部屋を出た。
「では隊士様方、私はこれにて」
「うん、ありがとう時血夜!禰豆子と遊んでくれて」
ニコリと微笑んで頭を下げた時血夜はしのぶに連れられ廊下の奥へと消えた。さて残された3人はこれからどうしようかと話し合っているとその背に声がかかる。
「炭治郎…」
「ん?あ、カナヲ!!」
声をかけたのはしのぶの継子、栗花落カナヲだ。那田蜘蛛山の任務の後蝶屋敷で療養中に炭治郎が話しかけ仲良くなった同期。最近は以前より話してくれるようになった。
「元気だったか?」
「うん……あ、の…」
「ん?」
もじもじと少し言いづらそうにしているカナヲを急かすことなく待っているとおずおずと口を開いた。
「よ、良ければ…そ、の手合わせ……を…」
「え、いいのか!?」
コクリと頷くカナヲに炭治郎は飛び跳ねて喜んだ。それを見て焦るカナヲだが炭治郎の言葉に強張った肩から力が抜けた。
「継子のカナヲと手合わせできるなんてすごく勉強になるよ!よろしく!!」
「……うん」
顔を赤く染めて笑うカナヲは炭治郎達と共に中庭へ向かった。軽く準備運動をしてから同期4人の手合わせが始まったのだった。
「ふふっ、仲が宜しいのですね」
その様子はしのぶの研究室からもよく見えた。陽の当たらない窓から外を眺める時血夜の笑い声にしのぶも顔を上げ窓を見て納得した。
「一緒に最終選別を超えた同期ですからね。カナヲも皆の輪に入れているようで何よりです」
時血夜が斬り落とした腕に藤の毒を注入して経過を見る。腕はしばらくもがいていたが一瞬動きを止めたかと思えばまた動き出した。それを見て渋い顔をするしのぶ。
「…やはり駄目ですね。この程度では死にませんか」
「今の上弦の鬼達は私よりも解毒速度は速くなるでしょうから更に強力な毒が必要となりますね」
「……これで本当にあの鬼が倒せるのでしょうか」
しのぶが言う鬼とはしのぶの姉・胡蝶カナエを葬った鬼。しのぶの仇である鬼のこと。
「……童磨、ですね」
その名を聞いた瞬間、しのぶが拳を握りしめた。激しい怒りでその手が震えている。匂いを嗅がずとも、音を聞かずともどれほど怒っているのか分かるほど。それを見て時血夜は呟く。
「彼の者は私が十二鬼月であった頃、上弦の陸でありました。鬼達の情報によると今は上弦の弐。当時の私と遜色ない力を持つと考えられます。更に鬼同士で情報は共有されていると思われますので…貴女様の毒では倒しきれない可能性は十二分にあるでしょう」
ぐっと握りしめる力が強まった。元上弦の弐である時血夜の血でさえ効果は一瞬の藤の花の毒。彼女より強いであろう今の上弦達にはほぼ効果は無いと考えても仕方がなかった。カナエの仇を取れないと思うと、足元が揺らぐ思いがした。顔を俯けるしのぶに時血夜が優しく声をかけた。
「……しかしながら蟲柱様には心強いお仲間がいらっしゃいますから、ご心配には及びませんね」
その言葉に顔を上げると時血夜はニコリと優しい笑みを浮かべていた。彼女は見た目だけならばしのぶより幼いのだが今浮かべている笑みは母親が我が子を見るのに近いものだ。
「お一人様で仇を討とうと思うことなかれ。皆の想いが敵を討つ。というのが鬼殺隊様の御心情では?」
それを聞いてしのぶは握りしめていた手を解いた。少し、笑ってしまう。まさか鬼である彼女からそのような言葉が出るとは夢にも思わなかった。ふぅ、と息を吐いて時血夜を見る。
「…敵いませんね、貴女には」
「生きた年月だけでいえば貴女様より無駄に歳を重ねております故に」
「……ありがとう、ございます」
しのぶの礼を聞きそれに笑顔を返すとまた窓の外を眺める時血夜。伊之助がカナヲに飛びかかるのを善逸が身を呈して庇っているのが見えた。あれでは鍛練の意味がないのだがそれは炭治郎も同感であるらしく善逸の首根っこを掴み怒っている。それを眩しそうに見つめるカナヲ。一連の流れを見て時血夜はふと呟く。
「継子様は、あの隊士様に想いを寄せているようですね」
「やっぱりそう思います?」
鬼と言えど女性の時血夜には色々と分かってしまうようでしのぶも笑みを溢す。昔カナエが言っていたように好きな子でも出来ればカナヲも変わる、というのは本当のようで。最近のカナヲは前より色んな人に心を開いてくれているように感じていた。
「はい。姉もあんな風に頬を染めていました」
その言葉にふとしのぶは思う。時血夜も姉と2人で生きていた時期があった。姉はどのような人であったのだろうかと。
「時血夜さん、貴女のお姉さんはどんな人だったんですか?」
「姉ですか?」
キョトリとこちらを振り向く時血夜に笑顔で頷くしのぶ。小休憩を取るようでしのぶはお茶の用意をしている。最も時血夜は飲めないので丁重にお断りしたが。
「はい。同じ姉を持つ者同士、興味があるんです。良ければ話してくれませんか?」
そう言って椅子に座り向かいに座るよう促すしのぶに時血夜は少し躊躇した後、おずおずと椅子に腰掛けたのだった。