高き陽に恋焦がれ

□第陸話
2ページ/2ページ


その日は満月であった。日付を跨いでも姉と2人で話していた。姉妹で共にいられるのは今日で最後だから、とずっと話し込んでしまっていた。姉は夫の大きなお屋敷に身を置くことになり妹は1人生まれ育った村へ帰る。姉はずっと心配していたが妹は姉の幸せな未来を思い浮かべて笑顔を浮かべていた。日が昇れば姉が袖を通す白無垢を2人で眺めそろそろ寝ようとすると姉が厠に行くといい部屋を出た。妹は1人、姉の晴れ姿を想像してクスクスと笑っていると戸口に誰か立った。

『お姉ちゃん?』

『……ほぅ、私と同じ目の色をしているとは…珍しい人間もいたものだな』

そこにいたのは男だった。闇色の髪に血のような赤い瞳。奇しくも妹はそれと同じ瞳の色であった。故に、目をつけられた。

『お前なら、強い鬼になるだろう』

そう言うや否や男は指を妹の額に突き刺した。激痛が走り頭を抑えて大声で喚きのたうち回る。トタトタと軽い足音が聞こえ肩に柔い手が触れた。分かったのはそこまで。気がついた時には畳に血だらけの姉が倒れていた。急いで姉を揺り起こすもすでに虫の息、手の施しようがなかった。

『お姉ちゃん…!!』

姉は動かないだろう手を最期の力を振り絞り上げる。指さした先にあったのは姉が着る白無垢。それは部屋中に飛び散った血で汚れていた。

『……あ、げる…』

『え?』

滲む視界に映る姉は笑顔で言った。幸せそうに、最期とは思えない顔で。

『…あ、れ………あげ、る…!』

その言葉を最期にコトリと首を落とす姉。どれだけ声をかけても目を覚ますことはなかった。涙で見えづらい視界の中、ドタドタと複数の足音が聞こえた。姉の婚約相手とその家族だろう。妹は姉の遺言通り、白無垢を抱えて逃げた。背に聞こえる大きな泣き声や怒声に涙を溢しながら。

























「……微かに覚えているのは抵抗出来ない程の恐怖で動けなかった姉、そして口に含んだ血と肉の味。私は思ってしまったのです。『あぁ、美味しい』と…」

深く俯いた『花嫁様』は手を強く握りしめている。元より白い肌が血が通わなくなったことによりさらに白くなる。爪が食い込み血が手を伝い庭に落ちる。

「血を分けた姉を喰べた事が恐ろしかった。そしてそれを美味しいと感じてしまった自分自身が怖かった。理性が無いからと言って許される事などでは到底ない。私はそれ以来人を喰った事はありません。最初で最後に食べたのは実の姉。姉以外の味を知りません。逃げた後陽の光に怯え夜半に人を襲っている鬼を喰い殺し鬼から力を得られることを知りました。しばらくして鬼舞辻に見つかり上弦の称号を与えられましたが上弦の鬼になっても人は喰べなかった。人を喰べなくても私は十分に強かった為に必要が無かったのです。人を襲わない事を咎められる前に記憶を抜き取り人里で暮らすようになりました。……私を鬼にした鬼舞辻が許せなかった。そして、不死に近い存在となった私を殺せる術をあの男は持っている。私の命を鬼舞辻が握っていると思うと酷く腹立たしい。あの男がいなければ私は鬼にならなかった。姉も幸せに暮らせていた筈だった」

スッと上げた顔は凛としているが瞳は憎悪の炎で輝いていた。激しい怒りに炭治郎の身体が重くなる。それほどの、怒り。

「私は鬼になってしまった事を死ぬほど後悔しています。故に私を鬼にしたあの男を許せない。
 私は時血夜。鬼舞辻を討つ鬼に御座います」

『花嫁様』、基時血夜はそう言い終わると口を閉ざした。誰も何も言えない中、お館様が口を開いた。

「…君のことはよく分かった。話してくれてありがとう」

「これでお役に立てるのであれば本望にございます」

「今の話、嘘はねェんだろうな?」

黙っていた実弥が刀を頚に当てがいながら聞いた。時血夜は「はい」としか答えない。炭治郎はそれを黙って見ていられるほど、大人ではなかった。走り出しお館様の前に跪く。

「お館様!この人は…嘘をついていません!嘘の匂いがしないんです!!同時に、後悔の匂いがする。本当に後悔してるんです!!信じてあげてください!!お願いします!!」

ガバリと効果音が出そうなほど頭を下げる。鬼の妹の事を認めてもらった上に時血夜という人を助けようとする稀な鬼を庇う。調子に乗りすぎていると思われても仕方なかった。現に集まった隊士の中に何人かそう考える者がいることを匂いで分かっている。それでも、懇願せずにはいられない。鬼でも、同じ痛みを感じた者だとハッキリ分かってしまったから。必死に願う炭治郎にお館様は微笑む。

「炭治郎、分かっているよ。だから顔を上げなさい」

「! はい!!」

お館様は隊士達を見渡す。皆が言葉を待っている。それを分かっていてお館様はゆっくり口を開く。

「時血夜は、鬼殺隊で匿おうと思う」

「!!」

「しのぶの毒の研究も進み、隊士達のより実戦に近い鍛練をさせられる。それに、鬼舞辻に命を狙われる可能性があるなら鬼殺隊で匿った方が都合が良い。私達には情報が、彼女には身の安全が保証される。でも鬼舞辻の情報を手に入れるには彼女をより多くの鬼に会わせなければならない。よって彼女を連れての任務も今後あると思う。よく覚えておくように」

全員が息を呑んだ。しかしお館様の決定に異を唱える者はいない。納得できないという空気は少なからずあったが皆表面上は納得した。

「……でも、時血夜が本当に姉しか喰ったことがないという保証も無ければ今後人を襲わないという保証も無い。君には命を懸けてくれる人もいない。だから、もし時血夜が少しでも人を襲うような仕草を見せた時は迷う事なく頚を落とす、という条件でどうかな?」

皆の手に力が籠る。ギチッという音が方々からした。誰もが時血夜は裏切ると思っているからだ。それを空気で分かった炭治郎は立ち上がろうとしたがそれより早く時血夜が口を開く。

「承知致しました」

「!?」

「この時血夜、鬼舞辻を討つその日まで鬼殺隊に尽力致します」

ニコリと笑い炭治郎達へ向き直り深く頭を下げた。

「隊士様方、どうぞ宜しくお願い致します」

こうして鬼殺隊は新たな戦力を手に入れた。その名は時血夜、鬼舞辻を討とうとする鬼の協力者だ。
次の章へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ