短編

□何が欲しい?
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連日続いた雨がやっと止み綺麗な青空が覗く土曜日の昼前、知里は恋人である冨岡義勇が最近建てた一軒家を訪ねていた。久しぶりに休みが被った為に共に過ごそうという話になったはいいのだが家主である義勇は仕事が忙しかったのか酷く眠そうにしていた。知里が気を遣い眠るよう促し彼女は今家の中を忙しなく歩き回っていた。溜まっていた洗濯物を回し広すぎる庭の物干し竿に干し一人暮らしするには多すぎる部屋を義勇の眠る寝室以外全て掃除した。ひと段落した事を確認して大きく息を吐き縁側に腰を下ろす。日本家屋に憧れがあった義勇がこだわっただけありこの縁側から見上げる空は美しい上に陽の光がとても温かい。気持ちよく伸びをした知里は隣に人の気配を感じた。

「?」

見ると寝起きのポヤポヤした義勇が隣に腰を下ろし知里の肩に頭を預けてきた。彼は存外甘えたがりな弟気質がある。この行動は甘えたい合図。知里はよしよしと艶やかな黒髪を撫でた。

「まだ寝てていいんだよ?」

「………」

寡黙が服を着て歩くような男であるから交わす言葉は少ない。けれども知里はなんとなく義勇の言いたい事が分かる。故に今でも付き合えていると言えるのだが、そんな彼女でも次の言葉は理解し難かった。

「何が欲しい?」

「…ん?」

質問の意図が分からず義勇の顔を覗き込めば穏やかな海がこちらを見上げてきた。がしかしやはり訳がわからず知里は曖昧に笑う。

「えっと…なにが?」

「何が欲しい?記念日」

「あっ…」

そう言われてやっと思い出した。そろそろ2人が付き合った日が近づいている事を。意外によく覚えているなと義勇のマメさに感心するが彼はそんなことはどうでもいいらしくまたも何が欲しいかと問うてきた。

「欲しいものかぁ…特に思いつかないかなぁ……」

「なんでもいい」

そうは言われたところでパッと何が欲しい!と思いつく人はあまりいないのでは無かろうか?知里は元来おしゃれというものに興味がなく以前誕生日に貰ったブランド品のバッグなども勿体無くて使えないという理由で今もなお彼女の部屋の奥深くに眠っている。どこか遠出したいとも思わないし義勇と何か美味しい物でも食べれたら良いのだが彼はそれで満足しないようだ。

「以前も…食べに行っただろう?他に何か、ないか?」

「って言われてもなぁ…」

ううーん…と悩む知里をじっと見上げる義勇。そんな彼を視界に映し知里は閃いた。義勇にニコリと笑いかける。

「何でもいい?」

「可能な限りは」

「じゃあねぇ…」

ふふふ、と含んだ笑いを溢したっぷり間を空けてから知里は言った。

「竈門君と会いたい!」

「却下だ」

「えぇッ!?」

ズバリと一刀両断された願いは義勇の高校時代の後輩にあたる竈門炭治郎という少年に会いたいというもの。口下手な義勇は学生の頃から友人と呼べる人が極端に少なく炭治郎はそのうちの1人だ。愛想が良く明るい少年らしく彼ならば学生時代の義勇の思い出話を語ってくれるのではないかと知里は以前から炭治郎に会いたいと言っていた。しかし義勇は一度たりとてそれに頷いたことはなかった。

「いいじゃん!連絡して会えそうな日に3人でご飯に行こうよ!!」

「駄目なものは駄目だ。他のものにしろ」

「どう考えても不可能じゃないじゃん!」

「駄目だ」

梃子でも動かなそうな義勇にむぅ…としながらも他のものを考える。悩んだ末以前お茶をした甘露寺蜜璃との会話を思い出す。

「あ、猫ちゃん飼いたい!!」

「却下」

「えぇ!これも!?猫?猫が駄目なの?なら犬は!?」

「どちらも駄目だ」

その後も誰々と会いたいや何を飼いたいと言っても却下、駄目の返答しか返ってこないこの事態に質問の意味が無いのでは…と知里も困り果てた。いっそのこと興味のない高級ブランドの服でも強請ろうかとも思ったが望んだものを平然とした顔で差し出してくるのが義勇という男なわけで知里は早々に諦めた。

「も〜どうしたらいいの…」

はぁ、とため息をつく知里の肩に頭を預けていた義勇だが不意にもそりと動いたかと思えば急に頭を擦り付けてきた。場所が場所なだけに本物の猫のような仕草に頬が緩みついつい抱きしめてしまった。

「なになに、分かんないよそれだけじゃ」

暫く戯れていたかと思えば急に止まりモゴモゴと何か言っている。小さすぎるその声を必死に聞き取ると随分と弱気なことを言っている。

「………俺以外の奴に会ったり、動物を飼うと知里は…離れていく、から…」

なんとまぁ可愛らしいことを言うのだろうか。それにしても遺憾だ、と知里は思う。彼女が義勇以外の誰かや何かを優先すると思われている事がだ。

「私には義勇だけなのに、随分と酷いじゃない?」

「……」

黙ったまま抱きしめてくる彼が愛おしくて仕方ない。よしよしと頭を撫でつけてやればやっと肩から力が抜けていくのが分かりくすりと笑いが溢れる。

「…笑うな」

「ごめんごめん。何が欲しいって今は答えられないからちょっと考えさせて?そうだ!映画見ようよ!前に言ってたやつ」

そう言えばゆらりと立ち上がり知里に手を差し伸べた。その手を掴み立ち上がり2人はリビングへと向かった。

















知里が作った夕飯を食べ終わり後片付けが済むと帰り支度を始める彼女の背をじっと義勇は見つめていた。準備が終わった知里を家まで送ろうとしたが断られたのでせめて玄関までは、と彼女の後をついて行く。靴を履き終えた知里が振り向いた。

「じゃあね義勇。また」

行ってしまいそうになる知里の服の裾を掴んでそれを阻止する。怪訝そうに振り向いた彼女に視線で訴えれば漸く納得したようでぽむ、と手を打った。

「うーん…そうだなぁ……」

今考えるのか…と思わないでも無いが知里の我儘ならば大歓迎なわけで義勇はじっと待った。あ、と声を漏らし悪戯な瞳が見上げてきた。

「何でもいい?」

聞いたことのある台詞に嫌な予感しかしないがコクリと頷く。知里は嬉しそうに笑った。

「じゃあ苗字が欲しいな」

「………………は、」

「またね〜」

言及される前に扉を開き外に出た。閉まる直前に振り返りらしくもなく顔を真っ赤に染め上げた義勇を見てしてやったりとほくそ笑む知里は足取り軽く帰路に着くのだった。
その3日後、呼ばれて訪れた義勇の家で散々抱き潰され目覚めた時、婚姻届を差し出されるのはまた別の話だ。








































「次に欲しいものは子供か?」

「いくら何でも早すぎないッ!?」





Happy birthday 冨岡義勇
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