高き陽に恋焦がれ

□第拾漆話
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伊之助が玄弥にちょっかいを出したことにより玄弥が激昂し彼を追いかけたために時血夜は1人になった。ぼんやりと月明かりに揺れる花々を眺めているとふと頭に軽い衝撃。上を見ると炭治郎が微笑んで両手を時血夜に向けていた。首を傾げると頭からパサリと音がしたので触れてみると花冠が乗せられていた。

「時血夜にも作ってみたんだ。似合うよ」

痛むであろう身体をよっこいしょという掛け声と共に隣に落ち着ける炭治郎に感謝の言葉を述べた。彼は嬉しそうに笑って同じように野原を見つめた。

「玄弥と仲良くできてたみたいで良かった」

「お気遣い痛み入ります。しかしながら何故今晩私を誘われたのですか?鍛練をするご様子は御座いませんし…」

首を傾げて炭治郎を見る時血夜にやっぱりか、と落胆する。ずっと隊士達の相手をしている彼女に、昼は出歩けない彼女に少しでも自由な時間をと思い誘った今晩の散歩の真意はやはり彼女に何一つとして伝わっていなかった。それが寂しく、同時に悲しくて炭治郎は時血夜の頭を撫でた。

「…?」

大人しく撫でられている時血夜はじっと炭治郎を見返した。月明かりに輝く紅の瞳は煌めいていて美しかった。きっと陽の光の下でも美しいのだろう。

(いつか…時血夜も太陽を克服できたなら……)

彼女は大いに喜ぶのだろう。数百年あまり焦がれた太陽の光を目一杯浴びて笑う姿が容易に想像できてしまう。しかし現実は甘くなく禰豆子だけが特殊な可能性は十分にある。時血夜は一瞬で塵のように消えてしまうかもしれない。残るのは灰ような匂いだけ。そう考えてしまい黙る炭治郎に時血夜はにこやかに話しかけた。

「ところで隊士様、陽光山というのをご存知ですか?」

「あぁ、日輪刀の原料になる鉄が取れる山だろ?太陽に1番近くて一年中日が射してるっていう」

はい!と嬉しそうに答える時血夜から手を離して話を聞く姿勢を取る。結果としてその話は炭治郎の顔を曇らせるのだがこの時彼はそんなことを知りもしないのである。

「素晴らしい御山に御座いますよね!私はいつかそこを訪ねてみたいものです。可能であればその御山の麓にて頚を斬り身体が消える前に山中に投げ捨てられて陽の光に消されて死にとう御座います!!」

自分が死ぬ時のことをまるで夢を語るかの如く嬉々として語る姿を見て胸が痛くなる。いつか陽光山に行きたい。それはつまり時血夜の最期の時を意味する。彼女には生への執着がないのは関わっていくうちに匂いで分かったことだ。鬼舞辻を討った暁にはこの世から消え去ることを望んでいる。自分の姉を殺してしまったこと、今もなお鬼を喰らっていることを鑑みるにそれは分かるのだがだからといって割り切れるわけではない。しかし今の思いを彼女に伝えたとしても返ってくるのは困惑の匂いだけなのだ。だからこそ、困らせたくないからこそ、それらを隠して口を開く。

「……そっか」

「はい!しかしながら私にはそんな高望みすら許されないのでしょうね」

諦めたように笑う時血夜のその最期の願いをどうしようもなく叶えてやりたくなる。だが彼女の頚を刎ねる下手人はきっと柱の誰かだ。炭治郎ではない。もし仮に彼が下手人に選ばれたとしても手は下せないのだろう。彼は…優しすぎるのだ。

「……もし頚を斬られる人を選べるとしたら、誰に斬られたいんだ?」

身が裂かれるような思いで聞いた。本当はこんなことを聞きたくはない。両肩を揺さぶって最後まで諦めるな!と叱ってやりたい。だが殺されるのが当たり前と思っている時血夜には分からない。それが分かっているから少々残酷であろう質問をした。殺される相手は誰がいいか、なんて。今を謳歌している人に聞いていいことではなかった。自己嫌悪に陥る炭治郎の耳に届いた名とも言えぬ名は意外な人物だった。

「貴方様です」

「……え、」

驚いて顔を上げると時血夜は真っ直ぐに炭治郎を見ていた。じっと、ただ真摯に炭治郎の瞳を見つめ目を細めていつものように笑った。

「頚を斬られるお方を選べるのであれば、貴方様にお斬り頂きたく存じ上げます」

その笑顔を相も変わらず綺麗だと思うより何故自分を選んだのか、という疑問が先行した。衝動のままそれを声に出せば彼女は何でもないという風に言ってのけた。

「貴方様は太陽のようなお方ですから。笑顔や体温は元より人に接する時ですら陽の光のように温かい。私は貴方様を太陽の化身だと思うております。ですから私が焦がれる、高き陽に瓜二つの貴方様に頚を斬られとう御座います。さすれば陽光山に行かずとも、私は陽の光の中朽ちるのと同義ですから私は幸せに御座います」

そんな大層なものではない、と最初に思った。自分はただ妹を人に戻してやりたくて、これ以上自分と同じように悲しい思いをする人がいないようにと戦っているだけなのだ。人に優しくするのもそれが当たり前だから。それらが時血夜には眩しく見えるという。まるで太陽のようだと。そしてそんな自分に斬られたいと言った。そうすれば時血夜は陽の光中で死ぬのと同じくらい幸せなのだと。

(俺は…そんなこと……)

望むなら叶えてやりたい。このどうしようもなく悲しい人の最期の望みくらい叶えてやりたい。本当だ。だが炭治郎にはそれができない。何故なら時血夜には生きてほしいと切に願うから。気が付くと涙が溢れ出ていた。ぼろぼろぼろぼろ、止まることを知らない涙が花に落ちて雫が弾けた。

「どうされました?」

よしよしと背をさする手の優しさに更に涙が溢れる。分からない、何故泣いているのかも、何故こんなに悲しいのかも分からない。やるせないのか、切ないのか、炭治郎は泣き続けた。そしてそれに気付いた禰豆子が駆け寄ってきてその場はてんやわんやとなりお開きとなった。時血夜は夜の闇に溶けるように藤の屋敷へと帰っていった。炭治郎の滲む視界にはその背がいつも以上に小さく写った。
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