高き陽に恋焦がれ

□第拾伍話
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行冥が涙ながらに帰った数刻後、やって来たのは実弥だった。夜の警備まで暇が出来たので鍛練に付き合えとのこと。時血夜は快く引き受けた。実弥の相手もなかなかに骨が折れる。太刀筋は正確に頚を捉えてくる上に技の威力が半端ではない。避けるのも一苦労だ。

「ッ!!」

「あ……」

見たこともないような顔をして実弥が止まる。それもそのはずで実弥の日輪刀の切先が時血夜の髪を掠り髪が一房床に落ちたからだ。今日は珍しく綿帽子を被っていなかったのが仇になった。極限状態である筈の2人の動きが一瞬止まる。しかし時血夜が鋭い爪を伸ばして来た為にそれは文字通り一瞬だけであり2人はすぐに動き出す。実弥の刀が時血夜の右肩を貫きそれをものともせず振り向き様に実弥の頚目掛けて腕を伸ばす時血夜。その腕を片腕で止め刀をぐるりと回し頚に向けて斬り裂こうとするが自ら腕を切り離し距離を取った時血夜は飛び上がり回し蹴りを繰り出す。

「うら゛ぁッッ!!」

足を斬り落とそうと刀を振るうがそれは叶わなかった。時血夜が振ったのは足ではなく先程切り離した己の腕。直前で手離しそのまま実弥を蹴り倒す。お互いの喉元に爪と刀を突き付け合い動きを止める。

「終わりか…?」

「そのようです。引き分け、もしくは私の致命傷といったところでしょうか」

「…ふん、」

時血夜が上から退き身体を起き上がらせ刀を納める実弥。それを見届け実弥の頬に飛んだ血を拭う為に手拭いを取り出した時血夜の横をするりと抜けて客間へ向かう実弥に苦笑し時血夜も続いた。ドカリと腰を下ろしむすりとした顔をする実弥は先程の鍛練に納得がいかなかったのか、はたまた時血夜という存在自体が気に食わないのか。

「あの……」

「あ゛ぁッ!?」

「……無理をして私と話す事は御座いませんよ?早々にお帰りになる隊士様も少なく御座いませんから」

不機嫌な声を出す実弥に肩をビクリと震わせつつ笑う時血夜。それを見た実弥はビシリと米神に青筋を浮かべて怒鳴る。

「俺だって帰りてェわ!!けどお館様に言われたんだから仕方なくだなァッ!!」

「お館様…?」

思わず口走ってしまった名にハッとするも既に遅く時血夜にはしっかりそれは聞こえてしまっていた。しらばっくれようとそっぽを向くも時血夜の視線をビシビシと感じてしまい振り向き様に叫ぶように言った。

「お館様になァ!テメェと仲良くするよう言われたんだよッ!まずは話す事が大事だからどれだけ少ない時間だろうと言葉を交わせって言われたから話してんだよッ!文句あんのかゴラァッ!!」

ハァハァと息を荒くして言い切った実弥にポカンとした時血夜は理由を理解してもなお首を傾げた。

「何故に御座いましょう?」

その返答に実弥は全力で脱力してしまう。この女はきっと自分がどれだけ鬼殺隊に貢献しているのか分かっていない。そして一部の者達が徐々に時血夜を鬼殺隊の一員として認め始めているのも分かっていないのだろう。そしてそれをわざわざ教えてやるほど実弥は優しい男ではない。

「んなこと自分で考えろ」

「はい……。それにしましても風柱様は至極真面目なお方なのですね」

「は?」

思わぬ言葉にポカンとしてしまうが時血夜は1人納得してうんうん、と頷いている。訳がわからず説明を求めるとパッと笑う。

「例えそれがお館様のご命令であっても私と話さずお帰りになる隊士様は大勢いらっしゃいますから」

それを聞いて脳内でブチリと音がしたのを聞いた。お館様の命に背く命知らずがいることに驚きを通り越して呆れ、怒りが沸く。もしその隊士に会ったら隊士とはどうあるかを分からせる事を心に誓い改めて時血夜を見る。見つめられた彼女はコテリと首を傾げている。その際肩からさらりと髪が流れ落ちた。それは先程実弥が切ってしまった髪のようで毛先がボサボサとしている。罪悪感からかふいっと目を背けボソリと呟いた。

「……悪かったな」

「え?」

いきなり謝られたことにさらに首を傾げる時血夜に最高潮の居心地の悪さを感じながらも実弥はしっかりと彼女の目を見て謝った。

「髪…わざとじゃねぇにしても、悪かった。女の命だろ?」

そう言うと合点がいったというふうに己の髪を見た。さらりと撫でつけると実弥を見つめ笑う。

「御心配には及びませぬ。これも元に戻りますので」

そう言うが早いか髪は一瞬で元の長さに戻った。実弥は謝ったことを全力で後悔し時血夜から顔を思い切り背けた。クスクスと笑い声が背後から聞こえるのがまた癪に触る。時血夜はというと実弥が見ていないことをいいことにひとしきり笑うと花のようにニコリと笑った。

「気を遣わせてしまい申し訳御座いません。しかしながら風柱様はお優しいのですね」

鬼に褒められたところで何も嬉しくはないが時血夜は鬼であるというのにそれらしさがあまりにもない為に少し複雑な気持ちになる。居心地悪く頭をガシガシと掻くと立ち上がり玄関へと向かう。時血夜が立ち上がる気配を感じるとそれを制した。

「見送りはいい」

「承知致しました。……あ、風柱様!」

呼ばれた名にピタリと足を止め振り向く事はせずに次の言葉を待った。

「弟君様がいらっしゃるとお伺い致しました」

「……それがどうした」

「…大事になさって下さいね」

返事はせずそのまま歩き出す。大方柱の誰かに聞いたのだろうその事実は実弥にとって特筆して言うことは何もない。そんな当たり前のことを鬼に言われるまでも無い。

(…アイツが幸せならそれでいい)

閉じた瞼に笑う弟を思い浮かべるが鴉の声で目を開く。今日も今日とて鬼が出る。実弥は月明かりの中、鴉を追い地面を蹴り駆け出したのであった。
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