高き陽に恋焦がれ

□第拾肆話
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「遊郭へ……」

「あぁ」

そう短く答え持参した茶を飲む天元は鋭く時血夜を見た。彼女は難しそうな顔をして畳を見つめている。それを横目に見つつ天元は口を開く。

「俺の嫁からの定期連絡が途絶えたんだ。鬼の仕業かもしれない。女の隊士を連れてこうと思うんだが…どう思う?」

「そうですね……人の多い地で上手く立ち回っているところを鑑みるに相手は上弦でしょう。お気をつけて」

「…アンタが来てくれりゃ楽なのになァ」

畳から視線を天元に移し時血夜は袖元を口に当てふふ、と笑った。

「ご冗談を。私が行けばたちまち気配で分かってしまいます。それに鬼舞辻に知られては厄介です。他の隊士様方の鍛練も御座いますし、ご一緒したいのは山々ですが今回はご縁が無かったということで」

「…そーかい」

天元は立ち上がり玄関へと向かう。それに続き頭を下げて天元を見送り客間へと戻った時血夜。畳に腰を下ろしてふと考える。

(…もしや童磨が連れてきた鬼が……?)

確証が得られない情報を隊士に伝えられる筈もなかった。故に彼女は祈る。両手を合わせ一心に、神にではなく太陽に。

「どうか、ご武運を……」









それから程なくして本部から報せが届いた。上弦の陸を討ち取った報せだ。しかし代償は大きく天元は片目片足を失い柱を引退するとのこと。それでも同じ任務に就いた隊士達は皆重症であるものの五体満足であるらしくその事実は隊士達の士気を上げた事だろう。かく言う時血夜も今回の件で思わず立ち上がるほど喜んでいた。

「遂に上弦の鬼を…!佰年余り変わらなかった顔触れを崩す事に成功した!!鬼舞辻も焦っているに相違ない…。素晴らしいです!!」

ひとしきり喜びふぅ、と息を吐くと再び座り込む。そして少し悲しそうな顔をして言うのだ。

「…私では、成し得ないのやもしれませぬね……」

今回の勝利は鬼殺隊だからこそできた所業だ。自分1人では出来なかったであろう事。鬼殺隊という組織であり、仲間がいるからこそ成し得た事。故に思う、自分で無くとも鬼舞辻を討てるのではないか。

(私が葬りたい。でも私は…独りだ)

巨大な組織に身を置いてはいるが所詮は飼い鬼。手綱を握られ走る方向を決められる馬となんら変わらない。変わるとするならば走る方向を少しでも間違える素振りを見せただけでも死に至るという事のみ。本来ならば鬼殺隊に居場所など…いやそもそも現世に居場所など無いのだから。

「…おい」

考え事をしていた為に後ろにある気配に気付かなかった。この声は水柱のもの。慌てて振り返るとやはり義勇がじっと時血夜を見つめていた。

「失礼致しました水柱様。鍛練に御座いますね?」

「…あぁ」

道場へ向かう義勇に続く時血夜。余計な考え事はせず今は隊士達の為に身を削ろうと思考を切り替え道場に着くや否や斬りかかって来た刃を避けた。











「お強いですね、流石水柱様」

ふふ、と笑いながら水に濡らし絞った手拭いを義勇に差し出す時血夜。義勇は少々ムスリとしながらそれを受け取り左手首に当てる。先程の鍛練でお互い熱くなりすぎたせいかつい力んでしまい時血夜が突き出した腕が義勇の左手首に当たり痛めてしまった。今はそれの手当をしている。しかし時血夜は医学は無いので十分冷やしてから蝶屋敷へ向かう事を勧めた。

「蟲柱様ならばすぐに処置してくれましょう」

「……あぁ」

しのぶの笑顔を思い出し少し口元が緩む義勇。クスクス笑う時血夜に気付いて再び無表情になる義勇の様子がまた可笑しく失礼と思いながらまた笑ってしまう。

「…笑うな」

「ふふ、失礼致しました。大変美しく、可愛らしいと思いまして」

その言葉にキョトリとする義勇。この間しのぶから時血夜の話を聞き美しいの意味は分かった。だが可愛らしいとはどういう事だろう。計りかねてじっと見つめていると時血夜がニコリと笑う。

「当然の事ながら皆様私より随分とお若いので…ですから私から見れば皆様とてもお可愛らしい方々なのですよ。失礼でしょうが本心に御座います」

納得はしたがなんだか複雑な気持ちだ。それを全面に出してしまったのかまた時血夜に笑われてしまう。クスクスと笑う彼女は相も変わらず白無垢を着ている。それをじっと見つめていると時血夜が気付く。

「水柱様は白無垢に興味がお有りなのですか?」

「……いや、」

そう答えて昔のことを思い出す。自分を庇い鬼に殺された姉の姿が時血夜に重なる。生きていれば姉は今頃祝言を上げて夫共々仲睦まじく暮らしていたのだろう。だがそれは叶わなかった。

「…俺の姉は、祝言の前日に鬼に殺された。俺を庇って……生きていればきっとお前のように白無垢を着て祝言を……」

そこまで言うと顔を俯かせてしまう義勇。その様子を見て時血夜は既視感を覚える。そして気付く。

(あぁ…このお方は、人であった時の私だ)

もし自分が鬼でなければ、義勇と同じように鬼殺隊の道を歩んでいたかもしれない。そして思うのだ。自分がのうのうと生きていることは間違いだと。自分が死ねば良かったのに、と。その気持ちが時血夜にはよく分かる。今もずっとそうして生きているのは他ならぬ時血夜自身だ。

「……水柱様、私は人でありませんから気の利いた事が何一つ言えぬのをお許し下さい。しかしながら貴方様に申し上げたい事が御座います」

ゆるりと振り向いたその湖畔のように静かな瞳を見つめて時血夜は笑う。

「蟲柱様の白無垢はきっと…現世にて類を見ない美しさに御座いますよ」

そう言われ義勇は目を見開く。しのぶの白無垢姿など考えたこともなかった。言われて初めて想像してみる。しのぶは色も白いからきっと白無垢に身を包めば雪の精と見間違うほどの美しさなのだろう。そして紅を差した口を上げて笑うのだ。その先にいるのは、その眩いばかりに白い手を取るのは…自分がいい。そう思うと義勇の口角は自然と上がっていた。優しい、人を想う笑みだった。それを見届け時血夜は微笑む。表情をそのままに義勇は目の前の鬼らしからぬ鬼を見る。

「…すまない」

「大した事はしておりません」

義勇は手拭いを時血夜に返すと立ち上がり玄関へと向かう。後を追って来た時血夜を一瞥すると出ていった。その背に頭を下げて送り出す時血夜。上げた顔は晴れやかだった。

(…独りがなんだというんです。私の成すべき事は変わらない。私の人生を狂わせたあの男に復讐をすること…そして……)

ふっと笑い目を閉じて再び開くと踵を返し時血夜は廊下の闇へと消えた。ちなみに義勇は藤の屋敷を出たその足で蝶屋敷へと向かいしのぶに会った瞬間「白無垢でいいか?」と言い放ち彼女に殴られるのだがしのぶの顔は真っ赤だったそうだ。
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