高き陽に恋焦がれ

□第拾参話
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単独任務の後、炭治郎は藤の家紋の家にてしばしの休養を取っていた。大した怪我もなく羽を伸ばしていると鴉がやって来て任務を告げた。今晩南西の山にて任務があるらしい。準備をして家主に礼を言い藤の家紋の家を後にした。陽が落ちた頃言われた山にたどり着く。鴉の話ではここでは山越えをしようとした商人5人が行方不明になったらしい。鬼の存在が疑われ今回炭治郎が派遣された。匂いを嗅ぎ鬼を探っているとすぐ後ろの草むらがガサリと揺れた。

「!!」

咄嗟に日輪刀に手をやり振り向くとひょこりとこんな山奥には似つかわしくない格好の女が現れた。

「え、時血夜!?」

「あら隊士様。と言うことは今宵の任務は隊士様との任務になるのですね」

「時血夜も任務で来たのか!」

はい、とニコリと笑う時血夜に炭治郎は心臓が跳ねる。時血夜との初めての合同任務だ。上手くやれるだろうかと不安になるがその場はすぐに緊張感に包まれる。鼻が鬼の匂いを嗅ぎ取ったからだ。

「時血夜…!」

「はい。少々手強い鬼に御座いますね。参りましょう」

2人で同時に走り出す。暫く走っていると透明な水が流れる川に出た。その川向こう、ぼんやりと立つ女の影を見つけた。

「隊士様、私は援護を」

「無理はしないようにな…!」

高く跳躍し鬼に斬りかかる。しかし相手も強いらしく瞬時に躱され腕を振りかぶってきた。それを薙ぎ払い技を繰り出す。

(水の呼吸、肆ノ型・打ち潮!!)

刀は惜しくも届かず頚を掠めるだけに留まった。距離を取る前に鬼が炭治郎の顔目掛けて拳を振るう。

「! 時血夜!!」

しかしそれは触れる前に吹き飛ぶ。時血夜が対岸から跳躍し鬼の腕を蹴り飛ばしたからだ。鬼は怯み後退しまた向かってきた。

「退がれ時血夜!水の呼吸、壱ノ型・水面斬り!!」

炭治郎が前に出て今度こそ鬼の頚を刎ねた。時血夜との鍛練で速さに慣れたのかそこまで苦戦しなかった。息を吐き時血夜に振り返るが直後、彼女が飛びかかってきた。

「え、」

炭治郎を地面に押し倒し2人して倒れ込む。驚く炭治郎の顔に血飛沫が飛んだ。目の前では時血夜の頚が飛んでいた。

「ッ!時血夜!!なんでッ!!」

起き上がらせた身体のすぐ側でザクッという音が聞こえた。見ると地面に小刀が突き刺さっている。どうやら斬った鬼の持ち物らしく死に物狂いで投げたものがたまたま炭治郎に向かってきていたようで時血夜はそれから庇ってくれたようであった。彼女がいなければ絶命していた事実に心臓がヒヤリとした。時血夜の身体はフラフラとしていたが日輪刀で斬られたわけではないので頚を見つけると拾い上げてくっ付けていた。

「時血夜!大丈夫か!?すまない、俺のせいで……!!」

「お気になさらず。任務の際致命傷から隊士様をお守りするのも役目にございますから」

ニコリと笑い消えかけている鬼に近づいたかと思うとそのまま膝をつき喰べ出した時血夜。その光景は世にも悍ましく嫌が応にも時血夜が鬼である事を知らしめるのものであった。

「……すみません、お見苦しいものをお見せしてしまいましたね」

血で汚れた口元を上げて時血夜が笑う。それに複雑な顔しか向けられない事が申し訳なかった。袖元で口を拭い炭治郎に近づいた時血夜は胸元から綺麗な手拭いを取り出し炭治郎の顔に飛んだ己の血を丁寧に拭き取った後、徐に地面に手を翳した。すると四方八方に飛び散った血が時血夜の手元に集まって来た。

「何してるんだ?」

「私の血を集めております。貴方様のお顔もそうですがこの世を私の穢れた血でお汚しするわけには参りませんから」

それを聞いた瞬間「そんなことないッ!」と大声を上げて血を吸収した手を掴んでしまった。驚いて身を固める時血夜をじっと見つめ炭治郎は口を開く。

「時血夜の血が穢れてるなんてそんなこと、絶対にない……。助けてくれてありがとう。でも、時血夜が傷つくのは見たくない。だから…少しずつでもいいから自分を犠牲にするのはやめてくれ。俺との任務以外でも……」

切なそうに顔を歪める炭治郎に時血夜は困惑する。やはり炭治郎は変わっていると思ってしまう。どうしてそんなことを言うのか。命とは一度失ってしまえば二度と還ってこないものだ。しかし時血夜は違う。多くの隊士がそれを理解した上で自分を盾にする。それは間違っていないのだ。なのにこの少年は己を大事にしろという。すぐに治る不死に近いこの身を大事にしろと。

(…分からない。何故このお方はそのように仰るのか)

分からないから、曖昧に頷くしかないのだ。しかしそれが通じた事がないのもまた事実。ほら今だって、悲しそうに眉を下げて手を握る力を強めるだけなのだ。それに困った笑顔を浮かべて時血夜はやんわりと手を解く。

「あと数刻で夜が明けます。私は藤の屋敷に戻りますのでお先に失礼致しますね」

「……うん」

ペコリと頭を下げてその場を去る時血夜を見て炭治郎は初めて気づいたことがあった。彼女は裸足だった。恐らく出会ってからずっとそうだったのだろう。白無垢で普段は見えないが飛び立つ直前、少し見えた足の裏は怪我をしていた。しかし彼女は少しも気にする様子は無く姿を消した。足の怪我すらすぐに治ってしまうのだろう。それでも痛覚がなくなったわけではないのだ。頚が飛んだ時でさえ想像がつかないほどの痛みが走る筈だ。

(鬼だって…分かっているけど……)

現に今だってお互いに支え合えていると炭治郎は思っている。時血夜は確かに鬼だが人の心が分かるのだ。ただ自分のことが少し疎かなだけで。しのぶが言う人と鬼が仲良くする未来は案外近いようで難しいものだと痛感した。

(弱気になるな!諦めるには何もかも早すぎる!!)

ブンブンと頭を振り刀を鞘に納めて歩き出す。山を下っている最中、朝日が顔を出した。今日もよく晴れそうだと思い帰る足を早める炭治郎だった。
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