高き陽に恋焦がれ

□第拾弐話
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かくして始まった女子会は恋柱たる彼女がいれば大いに盛り上がったのだろうが残念ながら彼女はいなかった。いつか彼女も交えて話そうと計画して話題は時血夜の今は亡き姉の話になった。

「姉は…綺麗と言うより可愛らしい方だったと思います。少しぼんやりしてるところがありまして、それがまた危なっかしいと言いますか…」

カナエもふわふわしたような人だった為に時血夜も苦労したのかもしれないと思うと親近感が沸いた。

「それで………」

「?」

それっきり黙ってしまった時血夜に首を傾げるしのぶ。対して時血夜は固まったまま動かない。しのぶが声をかけるとビクリと肩を動かして情けなさそうに笑った。

「…すみません。姉の話をしたのは何百年ぶりで……姉を思い出そうとするとどうしても…その、最期の姿しか思い浮かばず……」

しのぶもそれを聞いて黙ってしまう。しのぶは鬼に姉を殺された。対する時血夜は己が手をかけたのだ。自我を取り戻した時の衝撃はきっと計り知れない。他にも美しい思い出があったはずなのに、それを凌駕し忘れ去ってしまうほどの衝撃。長い時間己を責め続けたためにその出来事は色濃く脳内に残るがその罪の重さ故に他の思い出を忘れてしまったのだろう。それが酷く、悲しいことだと思った。

「すみませんでした」

突然謝るしのぶに時血夜は混乱した。そして慌てて口を開く。

「蟲柱様の謝るような事ではありません!!全ては私が招いたこと。ですからお謝りにならないで下さいまし!!」

そう言っても尚も申し訳なさそうにするしのぶに時血夜は困り果ててしまう。あちこちに視線を投げてふと目についたのは外で鍛練に励む炭治郎、そして彼に手拭いを手渡しているカナヲ。

「美しいですね…」

「え?」

同じように外を見たしのぶ。時血夜は目を逸らすことなく呟いた。

「関わる事がなかった人と人の縁が繋がり愛を育みお子を授かり未来を描く。その始まりの光景を美しいと言わずなんと言えば良いのでしょう」

優しい笑顔でそう言う時血夜を見てしのぶも笑う。本当に変わった鬼だ。人の育みを美しいと感じる、人と変わらない感性を持つ鬼。堪えきれずふふ、と声を溢すと彼女は不思議そうに振り向いた。

「どうかなさいました?」

「いいえ。そうだ、時血夜さんは好きな方はいらっしゃるのですか?」

「…好きな、人」

そう尋ねられて少し考えてしまう。そして思い出す。姉の祝言が決まり自分は村に帰るつもりでいた。そこから先の未来を、誰かと過ごすなんて考えてもみなかったことに。

「時血夜さん?」

覗き込むしのぶにハッとして慌てて笑顔を浮かべる。好きな人と聞かれても答えは一つ。そして時血夜にはしのぶに聞きたいことがあった。

「お慕いしている殿方はおりません。それより!蟲柱様にお聞きしたい事が御座います」

「なんでしょうか?」

「蟲柱様と水柱様についてで御座います!」

その瞬間、しのぶが固まってしまう。ぎこちない動きを取り繕うようにお茶を飲みふぅ、と息を吐いていつもの笑顔を向ける。

「冨岡さんとは何もありませんよ」

「私を記憶を司る鬼と知っての御返答でしょうか?私に誤魔化しは効きませぬよ!御二方とても良い雰囲気ですから」

そう笑う時血夜を見て彼女が住んでいた街での出来事を思い出す。しのぶは記憶を改竄された状態で義勇に会った。そして義勇は…そこまで思い出し顔が赤くなる。

「どうされました?」

「ッ!!いえ、なんでも!!」

ニヤニヤとする時血夜から顔を背けるも一度思い出してしまうともう止まらず体温は上がる一方だ。時血夜もずっとニヤニヤとしている。観念してしのぶはあの時の事をポツポツと話し始める。

「でも…本部に帰ってきてからも特に変わりは無く、今日はいきなり訪ねて来ますし……もう本当、どうしたものか…」

頭を抱えるしのぶに反して時血夜は嬉々として胸の前で手を組んだ。その様は側からみればどう見ても女性同士の恋愛相談にしか見えずとても本来ならば敵対している者同士には見えなかった。

「今日いらしたのは蟲柱様の御身を案じてでは御座いませんか?」

「え?」

「私はいくら協力していると言えど鬼で御座いますのでいつ襲いかかるとも分かりません。ですから蟲柱様をご心配なさって自ら貴女様をお助けしようと馳せ参じられたのでは?」

一度そう言うと「そうに違い御座いません!!」と力説する時血夜にしのぶは赤い顔を向ける。ラインはニコリと変わらぬ笑みを見せる。それを見てしのぶは顔を曇らせ俯いてしまう。

「…ですが私達は鬼殺隊。いつ命を落とすか分からないのに恋に現を抜かすなど……」

「なればこそです」

時血夜はしのぶの両手を優しく掴む。しっかりと視線を合わせ血のような赤い瞳を緩ませる。

「命は有限ですから限られた時間の中で幸せになるのは悪い事でしょうか?いいえ違います。貴女様方は命を賭して人々を守る方々。幸せになるのは道理でしょう。ですから下をお向きにならないで下さいませ」

ね?と向けられた優しい笑顔は姉のカナエに似ていた。呆気に取られた後しのぶは可笑しくなりふふ、と笑う。

「本当、不思議な方ですね。時血夜さんは」

「そうですか?私は貴女様方の討つべき鬼に御座いますよ?ですから必ず討ち取って下さいませ。私も含め、全ての鬼を」

じっと強い意志で見つめてくる時血夜に口を開こうとした時、研究室の扉が控えめに叩かれた。

「胡蝶、いるか?」

義勇の声だった。時血夜は嬉しそうに立ち上がりそそくさと扉へ向かう。それを止めようと慌てて立ち上がるしのぶ。が数秒遅く時血夜は扉を開いてしまった。てっきりしのぶが出ると思っていた義勇は驚いて固まってしまう。

「ご無沙汰しております水柱様。今し方毒の研究は終わりましたので私はこれにて」

ペコリと頭を下げて通り過ぎる時血夜を目で追いつつ次に出てきたしのぶに目を移す義勇。一方しのぶは先程までの時血夜とのやりとりを思い出し義勇を見るや否や一瞬で顔を赤らめる。

「! 具合が悪いのか?」

「い、いえ!そうではありません!!」

慌てて部屋に戻るしのぶを当然のように追いかけ尚も赤い顔について言及する義勇。逃げるしのぶ。その追いかけっこは夕刻になるまで続くのだがそんな事態になることは露知らず、時血夜は満面の笑みを浮かべた状態で陽の当たらない廊下を機嫌良く歩いていた。

「…どうか、貴方様方の未来に幸多からん事を」

そう呟き禰豆子と共に遊んだ部屋へ戻るとまた彼女と共に遊び始めるのであった。
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