高き陽に恋焦がれ

□第拾壱話
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「時血夜さんには以前から毒の実験体になっていただいています。そして初めに蝶屋敷に来ていただいた時に彼女自身が拷問を所望されたのです」

まだ太陽は真上にあるような時間帯に似つかわしくない会話を繰り広げながら田が広がる畦道を歩く一行。しのぶが話しているのは毒の実験をするため時血夜が初めて蝶屋敷に訪れた時のことだ。しのぶは人と鬼は仲良くするべきだと言ってはいるが、鬼に襲われ亡くなった人達が浮かばれないから鬼には殺した人の数だけ拷問をして仲良くしようと考えている人だ。時血夜はそれを記憶を改竄した際に理解してしのぶに自ら拷問を申し出たらしい。

「私も承諾して彼女に様々な拷問をしました。ここでは言えないようなことも。時血夜さんはお姉さんを喰っただけなので一度だけで良かったのですが彼女は自分が喰らった鬼が喰った人、喰った鬼の分の拷問もしてほしいと言ってきたのです」

しのぶはそれも承諾し拷問をした。時血夜は黙ってその全てに耐え終わった時「すみませんでした」と謝っただけであった。

「私は必ず恨み言を言われると思っていた。でも時血夜さんは謝るだけだった。だから私も彼女を他の鬼と同じとは思っていません。先程は質の悪い冗談を言ってしまいましたが…君達が本気で怒ってくれて、良かったです」

そう言って笑うしのぶに炭治郎は少し笑う。しのぶからは今日も怒りの匂いがするが今この時だけはそれが和らいだ。それは嬉しいのだが拷問された後だというのは少しばかり複雑だ。

「あ、そういえばなんでしのぶさんが迎えに来たんですか?」

「時血夜さんの移動の際には柱が必ず付くようになっています。任務の時は本部の鴉が案内してくれるそうですよ」

なるほど、と納得し背負い箱を見るとなにやら伊之助が声をかけている。伊之助はお茶を吹き出したために飲み込むことはなく自分で歩いているのだが時血夜の入った背負い箱をツンツンしたかと思えば拳を振り回している。

「伊之助どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたもねぇ!!コイツがまともに名前呼ばねぇからだよ!!」

伊之助が言うには時血夜がいつまで経っても炭治郎達の名を呼ばないのが気に食わないらしい。実は炭治郎もそれは前々から気になっておりいつか聞こうとしていたことの一つだった。時血夜は誰一人として名前で呼ぶことはない。平隊士は一括して隊士様、柱は〜柱様、禰豆子は妹君様といった具合だ。それは何故なのか気になっていた。

「人の名前覚えらんねぇのかよ!馬鹿だな!!」

「少なくとも伊之助くんよりは覚えてらっしゃいますよ」

しのぶのツッコミは聞こえていないのか扉を開きはしないがガタガタと揺らすために背負っている隠もグラグラと揺れて迷惑そうだ。炭治郎が止めようと声をかけようとするが時血夜の方が早かった。

「すみません…皆様方のお名前は覚えているのですが私は飼われている身の上ですので…お名前をお呼びするなど烏滸がましく……」

「意味わっかんねぇよ!!おれが呼べと言ったら呼べ!!」

よく分からない理屈を並べる伊之助だが要は名前で呼び合いたいとのこと。炭治郎もそれには賛成なのだが時血夜の自己評価の低さが気になる。恐らくその固定概念が無くならない限り彼女は名前で呼んではくれないだろう。尚も食い下がる伊之助を見つつハァとため息を溢すとクスリとしのぶが笑う。

「苦労していますね」

「はい…時血夜にはもっと自信を持って欲しいんですけど、上手くいきません」

「時血夜さんがいなければ救われなかった命が多くあったことは事実です。しかしそれを認めさせるには彼女の生きる時間は余りにも長過ぎたようですね」

しのぶが空を仰ぎ見たので炭治郎もそれに倣う。吸い込まれそうなほど青い空は白い雲がフワフワと流れていてこの世に鬼がいることなど忘れてしまいそうなほど長閑だ。

「でも、それで諦めてしまう炭治郎くんではないのを私は知っていますから」

驚いてしのぶを見ると彼女は真っ直ぐに炭治郎を見ていた。ニコリと柔らかい笑顔にこちらもつられて笑顔になってしまう。そうだ、こんなことで諦めるような俺じゃない。そうじゃなかったら、ここまで来れなかったから。そう思うとやる気が出てきた。鬼舞辻のことも、時血夜のこともなんとかすると改めて心に誓う。

「しのぶさん、ありがとうございます!!」

「…さぁ、なんのことでしょう」

ニッコリと笑ったしのぶは足を早めた。隠達が慌てて後を追う。蝶屋敷までは後少しだ。
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