高き陽に恋焦がれ

□第伍話
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ゆらり、ゆらりと揺れる竹籠。それをじっと見つめる炭治郎。現在鬼殺隊は本部に向かって歩を進めていた。行方不明であった隊士は全員見つかり、しのぶも目を覚まして今は自分の足で歩いている。本部まではまだまだ距離があり先頭を歩く義勇が小休憩を指示。皆が木の根元や石に腰を下ろして身体を休める。この間も炭治郎は竹籠を見つめてしまっていた。

「大丈夫か?炭治郎」

善逸が様子を心配して声をかけてくれた。善逸と伊之助は他の隊士と共に炭治郎が行方不明になった翌日に任務としてあの街に来てくれたらしい。そして同じく『花嫁様』の血鬼術にやられた。笑って善逸に答える。

「うん、心配してくれてありがとう」

「それならいいけど…炭治郎ずっとあの籠見てるからさ」

善逸にも気付かれているほど見入っていたのだろうか。ちょっと気恥ずかしくなりながらも炭治郎は答える。

「いや…鱗滝さんからこの箱を貰うまでは俺もああやって禰豆子を運んでいたから懐かしくて」

「あぁそっか。だからあの運び方…」

「うん」

和やかに談笑していると名を呼ばれた。見るとしのぶが眉を下げて立っていた。

「しのぶさん!大丈夫ですか?」

「はい…。しかし炭治郎くんや他の隊士達には悪いことをしてしまいました。せっかく助けに来ていただいたのに…ごめんなさい」

頭を下げようとするしのぶを大慌てで止める。

「いいんです!それにしのぶさんが無事で良かった」

ニッコリ笑う炭治郎に少し表情が和らいだしのぶ。しかし柱として不甲斐ないと思っているのだろう。不安そうな匂いがした。そればかりはどうしようも出来なかった。自分も血鬼術にかかってしまった1人なのだから。

「そろそろ行くぞ」

義勇の声で立ち上がり再び本部を目指す。この大人数で藤の家紋の家にお世話になるわけにはいかないので夜を徹して本部を目指した。翌日の朝早く、炭治郎達は本部へと到着した。普段ならば半年に一度の柱合会議でのみ集まる柱達だったが今回は特例で集まっていた。総勢50名を超える隊士達が一同に集まるのはなかなかに壮観であった。

「…胡蝶、お前どの面下げて帰って来たんだ?」

風柱・不死川実弥がしのぶに詰め寄る。しのぶには返す言葉もない。黙ったまま俯いてしまう。蜜璃はその状況を止めようにも実弥が怖すぎてオロオロとしてしまうのみであった。実弥はしのぶの胸元を掴んで引き上げる。

「ッぅ…!」

「柱ともあろう者が血鬼術にかかって呑気に暮らしてただァ?ナメてんじゃねぇよなァ??」

おおよその説明は鴉から聞いているのだろう。そう責める実弥を咎める者は誰もいなかった。苦しそうに顔を歪めるしのぶ。実弥がパッと手を離すと地面に落ち咳き込んでしまった。

「しのぶちゃん!!」

蜜璃が駆け寄り背を撫でるがしのぶはふるふると首を振った。今回の大失態で柱を下ろされても不思議ではない。それほどのことをした自覚はある。だから優しくされる謂れもなかった。

「お館様の御成です」

童子の声が響いてお館様がおいでになった。全員で片膝をつき頭を垂れる。お館様はゆっくりと首を動かしてしのぶの気配のある場所で止めた。

「しのぶ、よく無事に戻ってきてくれたね」

「……滅相もございません」

「他の子供達も誰一人欠けることなくよく無事でいてくれた。ありがとう」

「お言葉ですがお館様、此度のしのぶの失態柱降格に値するかと。どのような処分をなさるおつもりですか」

実弥の言葉にふむ、とお館様は笑う。皆が処罰を望んでいる。恐らく平隊士達も相応の罰を下されると思っているのだろう。しかしお館様の考えは違った。

「今回の任務、処罰は与えないことにする」

全員が驚きで顔を上げる。何かしらあるだろうとは思っていたのだ。それが不問とされる。食ってかからない方がおかしい。

「お館様!いくらお館様と言えどその判断には納得がいかない!何故そのような判断に至ったのか理由をお教え願いたい!!」

溌剌とした口調で炎柱・煉獄杏寿郎が声を上げた。他の者も頷く。

「今回任務先で貴重な人材に出会った筈だ。そしてそれを連れ帰ってきてくれただろう?それに子供達は傷もなく皆無事だった。人手不足の今の現状を加味すればありがたいことでしかない。それ故の判断だよ」

懐が深い、なんてものではない。他の者が言えば突っぱねている判断だがそれを下したのは他の誰でもないお館様だ。皆納得できないながらも頷くしかなかった。しかしそこで1つの声が上がる。

「もし…」

皆が一斉にそちらを向いた。竹籠に入ったままの『花嫁様』であった。会話が聞こえていたのだろう。外には出ないが中で動いているのかコトコトと竹籠が揺れる。

「皆様貴方様が下された判断に納得いかぬご様子。ならば私めが図々しいながらご提案を致したいのですが…」

「鬼風情が何を言う…」

「小芭内」

蛇柱・伊黒小芭内が毒づくとそれを嗜めるお館様。小芭内は面白くなさそうにそっぽを向く。お館様は竹籠に目を向けた。

「聞こうか」

「有り難く存じ上げます。此度の任務とやら、私が起こしてしまった隊士様方の神隠しが原因でしょう。ならば全責任は私にあるというもの。そちらの蟲柱様に非はございません。私は罪を償う意味を込め貴方様方に私の持ちうる情報を全てご提示致します。それで納得がいかぬ場合その場で頚を落として下さり構いません」

空気が揺らいだ。どよめきが広がり収集がつかないほどに。鬼が鬼殺隊に協力を申し出た。これほど可笑しな状況があろうか。敵に塩を送りつけるなどどういう神経をしているのか分からない。鬼殺隊をナメている、そう思ったのは実弥だけではないはずだ。青筋を額に浮かび上がらせ日輪刀を抜く実弥。

「テメェ…さっきからベラベラとよく喋ってくれやがるなァ?そんなに死にたきゃ今殺してやるよ……!!」

「失礼ながら私は死にたくは御座いません。しかしながらこの状況を打破するには致し方なき事。皆様ご自身のお命を賭していらっしゃる。ならば私も賭けねば失礼に値します」

「ふざけた事言ってんじゃねぇッ!!」

竹籠を掴み思い切り屋敷に向かって投げつけた。それが襖に当たる前に真上から籠ごと突き刺す。うめき声が溢れ畳に広がる血。実弥は笑う。

「オメェら鬼はいつだって都合のいい事ばっか抜かしやがる…。さっきの事だってどうせ嘘だろうが。そんなのに騙されるほど甘かねぇぞ俺達鬼殺隊は…ッ!!」

刀を抜き連続で突き刺す。血はどんどん溢れ畳を汚していく。使い物にならなくなった籠から『花嫁様』が這い出てきた。実弥はいつかと同じように自分の腕を切りつけ目の前に差し出した。

「!」

「ほら喰えよ」

ズイッと目の前に差し出された血だらけの腕。皆が刀を構えた。喰いついた瞬間、頚を刎ねようと思ったのだ。『花嫁様』はしばしその腕を見つめた後に胸元に手をやりまだ汚れていない布を取り出してそっと実弥の腕を拭った。

「!?」

「…人は治りが遅う御座いますからあまり自ら傷つけぬようにした方が良いかと。更に申せば貴方様の血は稀血の中の稀血。悪戯に血を流すのは良策とは言えませぬ」

みるみるうちに手当てをされていく腕。気付いた時には布は綺麗に腕に巻かれていた。ニコリと笑う『花嫁様』。その右肩を貫く刀。実弥の刀だ。苦痛に顔を歪める『花嫁様』に実弥が言った。

「…そうまでして信頼が欲しいのかよ?ほんとは涎出るほど欲しがってるくせによ!!」

「……信頼など、出来よう筈も無いでしょう。私は狩られる側、貴方様方とは違う」

「ならなにが望みだッ!!」

『花嫁様』はじっと実弥を見返した。たじろぐほどに強い視線。この場にいない敵を見据えたその瞳は憎悪の炎が宿っている。

「鬼舞辻の頚」

驚く実弥の刀を自ら抜き去りお館様に頭を下げる『花嫁様』。顔を上げないまま言った。

「まだ足りぬと仰せならば私を情報を提示した後、この鬼殺隊で飼って下さって構いません。どのような仕打ちであろうと受け入れましょう。蟲柱様の毒の実験台にもなります。他の隊士様方の実践を想定したより高度な鍛練に使って下さって構いません。そして使い物にならぬと判断されたならば頚を落として下さいまし」

「…君は、強いのかい?」

「はい」

間髪入れず答えた後、彼女は顔を上げた。ニコリと笑ってサラリと、息を吐き出すように、実に簡単に言った。

「元十二鬼月ですから」

鬼殺隊本部が今日1番の動揺を見せた瞬間だった。炭治郎達も驚きを隠せない。確かにあの再生速度は尋常ではなかった。加えて柱の攻撃を避け続ける身体能力。上弦の鬼のそれであった。

「実弥に傷つけられても平気そうに振る舞っているところを見ると…上弦で間違いなさそうだね」

「えぇ。ただし私が十二鬼月であったのは何百年も前の話。申し訳ありませんが今の十二鬼月の状況は分かりません。鬼舞辻の情報も貴方様の知った事も多かろうと思われます。しかし私が十二鬼月であったのは紛れもない事実。それと手合わせを出来るとなれば隊士様方の質も上がるというもの。如何でしょう?」

元と言えど十二鬼月が手合わせをしてくれる。鬼殺隊にとってこれ以上のことはない。が柱を含め数えきれないほどの隊士達が葬られてきたことも事実だった。お館様はふむ、と頷く。

「とても素敵な提案だと思うけれど、それで納得する者が多いはずがないことも、承知の上だろうね」

「もちろんに御座います。ですのでお手数をおかけしますが私の情報を提示する時間を設けていただけたならば余す事なく全てお話致しましょう」

お館様はコクリ、と頷いてしのぶに向き直る。

「しのぶ、よくやってくれた」

「あ…い、いえ……」

頭を下げるしのぶ。お館様は視線を戻して隊士達を見渡す。

「しのぶは元上弦の鬼を連れ帰り鬼舞辻無惨の情報源を提供してくれた。柱降格を返上するほどの働きを見せたと私は思っているけれど…異を唱える者はいるかな?」

他ならぬお館様の判断に誰も何か言えるはずがない。皆が否と答えるとお館様は微笑んだ。

「今晩、『花嫁様』から話を聞こうと思う。それまで皆は休むといい」

お館様が身を翻したことによりこの場は解散になった。『花嫁様』に駆け寄ろうとした炭治郎だったが彼女は隠達によって別室へと連行されてしまった。
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