高き陽に恋焦がれ

□小噺
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※炭治郎が去った後の義勇さんとしのぶさんの話

炭治郎を見送った後、義勇にスッと冷たい目を向けたしのぶ。それは人を見下した、蔑んだ色をしていた。それを見返し義勇の胸は少し、痛んだ。

(…そんな目を、俺に向けるのか)

以前ならば少し毒の入った言葉を吐かれてもその目は優しさに溢れていた。勘違いで無ければ、少しの愛しさも含まれていたと思う。しかしそれは己も同じこと。しのぶが行方知れずとなったと聞いて、心臓が凍りついた。

(もう二度と会えないものだと…)

そこまで思ってやっとしのぶが何か言っていることに気付いた。耳を傾けるとそれは義勇を非難する言葉だった。

「貴方一体どういう教育を受けていらしたんです?まだ少年の彼を出会い頭に殴りつけるなんて。もちろん大人だったらいいというわけでもありませんよ?そもそも知りもしない他人を殴るなんて人として有り得ません。誰かをお探しならお一人で探されてみては如何です?この街に貴方のような方とお知り合いの方なんて軽蔑致しますけど」

口を挟む余裕すらない言葉の羅列。それも想いを寄せる人からの言葉であればいくら義勇と言えど傷つかないわけがなかった。徐々に俯いていく顔を上げさせたのは他ならぬしのぶが言った言葉だった。これだけ言われても反論の一つもない義勇にしのぶが放った言葉。

「なんとか仰ったら如何です?そんなだと嫌われますよ」

目を、見開いた。那田蜘蛛山にて炭治郎を庇った際言われた言葉。側から聞いたら酷い言葉なのだろう。しかし柱合会議の後、彼女と目が合った。その目が語っていた。勘違いかもしれない。それにしては熱い視線だった。勘違いするのも仕方ないほど、熱い視線。

『…まぁ、私は嫌っていませんけどね』

そう声が聞こえた気がした。言葉は交わさずふふっと笑い声だけ上げてしのぶは去った。

(そうだ、その言葉は…)

一歩、歩き出すと足は思い出したかのようにしのぶに向かっていく。引き寄せられるように腕を伸ばしてその小さな身体を抱き締めた。

「はっ?」

ポカンとしたその声すら愛おしい。柔らかい身体に懐かしいとすら思える匂い。そうだ、もう会えないとすら思った彼女だ。どうしてそう簡単に手放せる?言葉足らずな自分が遠くない未来、どうにかして伝えたい言葉がある人なのにそんなこと出来るはずがない。

「…無事で、良かった」

その言葉にはたくさんの意味があると以前のしのぶならば気付いた筈だ。言葉足らずな義勇の精一杯の言葉。しかし今のしのぶはなんとか抜け出そうともがいている。力で叶うはずはないのだが負けず嫌いなところは変わらないと少し、安心してしまう。

「いきなりなんですか!?離してください!!」

ふと見上げた空は山の向こうに陽が落ち夜の気配が迫っていた。薄暗い中ならばきっと誰にも気付かれないだろう。そっと身体を離してしのぶの顎を掴む。彼女は忌々しげに義勇を睨みつけた。

「ッ、今度はなんです?」

じっとその美しい瞳を見つめる。疑惑の色をしたそれはどんな色に染まっていても美しい。それを見つめながら顔を近づける。

「ッ!ちょっと、!!」

「しのぶ…」

ふわりと柔らかいその唇に己のそれを押し付ける。想いを告げてからしようとしていた行為だがこんな所ですることになろうとは。あの男の言葉を借りるならばまさしく「よもや、よもや」だ。しのぶは硬直しているがすぐに暴れ出しそのせいで唇は逃げていった。

「な、何をするんですか!?」

薄暗い中でも分かるほど赤い顔をした彼女を逃すまいと近くの壁に彼女の身体ごと両手を押し付ける。迫る色男にしのぶは目を見開いて固まる。

「しのぶ…思い出せ」

「はぁ!?」

じっと真摯にその瞳を見つめる。しのぶは何を言われたのか理解できないような顔をして義勇を見つめることしかできない。

「思い出せ、お前は鬼殺隊蟲柱・胡蝶しのぶだ。思い出せ」

強い視線に貫かれ顔に熱が集まるのを自覚した。初めて会った男に唇を奪われたかと思えば「思い出せ」などという。自分とこの男は恋人なのだろうか。いやそんなはずはない。自分はこの街から出たことはなくて……

「あ、れ…?」

足元が揺れる感覚がした。自分が立っているのかすら分からないほど頭が、目が回る。フラフラと目の前の男に倒れ込んでしまう。

「しのぶ!!」

その声にそっと目を上げた。焦った顔をしてこちらに呼びかける男。見た、ことがある…?

「ぎ、ゆ…さ……」

無意識に口から飛び出した言葉は果たして音になっていただろうか。そんなことを確かめる余裕すら無くしのぶの意識は闇に沈んでいった。
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