高き陽に恋焦がれ

□第肆話
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「なりませんッ!!」

「!!」

声と共に地面が揺れるのを感じた。咄嗟に飛び退くといきなり地面が競り上がった。『花嫁様』の血鬼術だ。

(やっぱり胸になにか隠してる。恐らく…無惨に関わるなにかを!!)

ずっと気になっていた無惨の匂い。それは間違いなく『花嫁様』から香ってくる。よくよく鼻を利かせればそれは胸元からしていることが分かった。それを義勇に伝えると彼はコクリと頷いて胸を集中的に狙った。徐々に劣勢に追い込まれていく『花嫁様』。それでも反撃はしなかった。グッと歯を食いしばり、耐えている。

「君に聞きたいことはいくつかある!何故人を助けるのか!何故鬼である禰豆子を喰わなかったのか!何故無惨の匂いが君からするのか!」

大声で問うも何も答えずただただ避ける『花嫁様』。埒があかない状況に焦る炭治郎。しかし次に発する言葉で、空気は一変した。

「君は、無惨の手下なのに!何故人を助けるんだ!?」

ピタリ、と『花嫁様』の動きが止まった。それを好機と見るのが当たり前だった。しかし誰一人として、柱ですら動かなかった。いや、動けなかった。空気が一気に重くなったからだ。『花嫁様』の発する空気が、身動きを取ることすら許さない重い空気がこの場にいる全てのものの動きを封じた。

「……手下?」

地を這うような声だった。透き通っていた先程の声からは想像すらできないような低い声。怒りの匂いが肺に届いてあまりの熱量に咳き込むほど。ぴぎり、と不思議な音がした。見ると『花嫁様』の周りの地面が抉れていた。恐らく何かしたのだろうが目で追えなかった。凄まじい速さ。冷や汗がこめかみに流れる。

「あんな男の…手下?仲間だと、仰るのですか……?」

瞬間、笑い声が響いた。天を見上げて高らかに『花嫁様』が笑っている。空気を伝いその振動が身体に響いて震える。大きな大きな笑い声。狂ったように笑った後、憎しみを込めた声が聞こえた。

「お笑い種ですねぇ?あんな奴の下に?私が?アハハハハッ!!笑止千万!!そのように思われている等と、なんて滑稽!なんて無様!なんて腹立たしいッ!!」

瞳孔が開いた目で隊士達を見つめる『花嫁様』。そこには強い怒りと憎しみが見えた。両手を首にかけ俯いて彼女はフラフラと揺れる。

「あんな…あんなものと同等と思われるなんて……あぁ、腹立たしい。いつか、いつか…私がこの手で、殺してやる…」

炭治郎はハッとする。次に彼女が何を言うか分かったからだ。鬼には無惨の呪いがかけられている。せっかく見つけた無惨の足取りを逃すわけにはいかない。止めようと、した。

「やめ…!!」

「いつか私が地獄に送ってやるッ!鬼舞辻無惨ッ!!!」

顔を上げてそう言った『花嫁様』。炭治郎は絶望する。あの手毬鬼のように彼女も死んでしまう。せっかく見つけた無惨の足取りが消えてしまう。悔しさに唇を噛み締めていると『花嫁様』は何事もなかったかのように息をついた。

「あ、あれ…?」

「…取り乱してしまい申し訳御座いません。お怪我をされたお方はいらっしゃいませんね?」

無惨の細胞に殺されるでもなく更には隊士の怪我の心配をする異質さに皆が混乱した。炭治郎に目を向けた『花嫁様』は先程の狂気を一切感じさせない笑みで見つめる。

「私に鬼舞辻の呪いは効きません。正確には免れている、ですが」

そう言い終えると『花嫁様』は真剣な顔で口を開いた。

「先程の質問にお答え致します。壱、人は尊ぶべきものであるから。弐、あの鬼は貴方様の妹君様であらせられるから。参、鬼舞辻の呪いを回避するために彼の一部を持ち歩いているから。以上になります」

あまりにも簡潔に答えられた回答は誰しもが納得できるものでは到底なかった。かと言ってふざけているわけではないことぐらい、空気で分かった。この事態をどう処理しようか迷っていると鴉が鳴いた。

「カァー!全員撤収!『花嫁様』ヲ本部ニ連レ帰ルベシ!」

全員が揃って空を舞う鴉を見上げた。しかしそれは鬼殺隊本部から飛んできた鴉。間違いなく本部からの指示であった。気づけば東の空は闇色から藍色に変わりつつあった。夜明けが近いのだ。本部からの指示では仕方ない。義勇と蜜璃が指示を出し撤収の準備に入った。『花嫁様』は炭治郎の案により竹籠に入りそれを布で覆って運ぶことになった。身体を小さくして竹籠に入ろうとする『花嫁様』の背に声がかかった。

「『花嫁様』!!」

街人達だった。皆言いにくそうに口籠っている。それを見てニコリ、と笑う彼女。

「…強く生きて下さいまし。無礼の数々、どうかお許し下さい」

そう言って振り返ることなく今度こそ竹籠に入る『花嫁様』。それを聞いた街人達は口々に叫ぶようにして言った。

「ありがとう『花嫁様』!!守ってくれて!!幸せだったよ!!」

「酷いこと言ってごめんなさい!!俺達、頑張るから!!」

「『花嫁様』、ありがとう!!ありがとう!!」

「お兄ちゃん達もありがとうなぁ!守ってくれて!!頑張ってくれ!!」

「『花嫁様』のこと、お願いします!!どうか殺さないで!!」

ここにいる人達は皆鬼に大切な誰かを殺された上に自分も殺されかけたところを逃げてきたのだろうか。そしてこの街で『花嫁様』に出会い記憶を消されて幸せに暮らしていたのかもしれない。辛い現実を受け止めきれなかった者達にとって彼女がしたことは間違いなく救済であった。街人達の声を聞いて炭治郎は1つ、思い出した。改竄された記憶ではこの街に生まれて今まで生きてきた。しかしそこに家族の姿はちゃんとあり禰豆子以外の家族は流行病で亡くなったとされていた。楽しい記憶は、幸せな時間はちゃんと残されていた。他の皆も恐らくそうなのだろう。仮初の生活でも、確かに真実があったのだ。果たしてこの鬼は悪になり得るのか。それは誰にも分からない。人々の泣き声がこだまする中、鬼殺隊は朝日を背に街を後にした。
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