高き陽に恋焦がれ

□第参話
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鬼殺隊本部は大混乱に陥っていた。蟲柱・胡蝶しのぶが行方不明な上鬼舞辻無惨が現れたという情報が入りその出現場所がしのぶが向かった任務先であったからだ。すぐに柱を集めたのだがその直後、それが誤報であったことが判明。加えて目撃情報があった任務地へ向かった隊士が悉く行方不明になってしまうのである。先日の柱合会議にて注目を集めた鬼を連れた隊士・竈門炭治郎ですら行方知れずになってしまったこの事態を本部は無惨が関わっていようがいまいが最優先で処理することを決定。一足先に向かった水柱・冨岡義勇に加え恋柱・甘露寺蜜璃を先行隊として派遣。夜になり次第他の柱達が合流する予定だ。義勇と合流した蜜璃は山を駆け目的地へと向かっていた。蜜璃は悲痛な面持ちで足を動かしている。

(しのぶちゃんに他の隊士の子達は無事かしら…もしも……ううん!悪いこと考えちゃダメッ!!集中しないと!!)

キリッと顔を上げふと目についたのは先を走る義勇の背中。元より柱同士の任務は少ない。加えて口数の少ない義勇との任務は毎回予想がつかない。

(冨岡さんと任務なんて久しぶりだわ!!足を引っ張らないようにしないと…!)

ドキドキと緊張する蜜璃だがふとあることに気づく。義勇の足がいつもより数倍、速い気がする。冷静沈着をその存在全てで表すような男であるのに今はどうだろう。まるで何かに追われるように急いているように見える。

「あの…冨岡さん?速いですね??」

「……隊士が大勢行方不明になっている。手遅れになる前にカタをつける」

それはそうなのだろうがそれにしては速すぎやしないだろうか。隊士達捜索の時間は大いに取れるだろうが鬼を討たぬ限り犠牲者は増える一方なのだ。それが分からぬ男ではないはず。そこで蜜璃はハッと思いつく。

(もしかして…行方不明者の中にしのぶちゃんがいるから!?)

一度そう思ってしまえば妄想は止まらない。義勇はしのぶの身を案じる余り普段の冷静さを見失うほどに焦り今こうして顕著にそれが出ているのだと。そう考えると恋柱としてこれ以上胸を高鳴らせることはない。

(それなら急ぎたくなるのも分かるわ!女の子が危ない目にあってるんだもの!男の子なら助けたいわよね!!よーし、私も頑張らないと!2人のためにも!!)

ふんっと勝手に意気込む蜜璃に気づくことなく足を動かし続ける義勇。目的地まではあと半分の道のりだ。




























「ふぅ、伊之助!今日はこの辺にしておこう!」

「あぁん!?なんでだよ!まだあるぞ!!」

額の汗を拭い共に働いてくれた伊之助に声をかけると不機嫌な声が返ってきた。それに困った笑顔を返し

「今日は善逸と3人でご飯を食べる予定だろう?善逸だけに準備を任せるわけにはいかない」

「なら天ぷらにしろ!権八郎の天ぷらは美味ぇからな!!」

先程の不機嫌はどこに行ったのやら、鼻歌を歌い出しそうな勢いで帰り支度を始める伊之助に苦笑いを零し炭治郎もまた街へ向かって歩き始めた。早めに仕事を切り上げたためか街に着いた時、西の空には太陽が輝いていた。善逸と伊之助の家で夕飯を食べた後に家へ向かって歩き出した炭治郎だったが突然何者かに右肩を思い切り掴まれ強制的に振り向かされた。

「なッ…!?」

「炭治郎」

静かなその声の主は深い青色の目をしていた。清流を思わせるその色は男の見目麗しい姿と醸し出す雰囲気と合わさってまるで水の化身と話しているようにも感じた。ポカンとしてしまう炭治郎ではあるがいかんせん掴まれた右肩が痛い。苦痛に顔を歪め掴んでいるその手を掴むも男の方が力が強いらしくビクともしない。

「あの!手を離し…」

「胡蝶はどこだ?他の隊士達は?」

問われた内容を瞬時に理解できなかった。何故彼はしのぶの名を知っているのだろう。彼はこの街で初めて見る人だというのに…それどころか初めて嗅ぐ匂いの人だ。この街には今日初めて来たのは違いないのに何故しのぶのことを知っているのか。そして他の隊士達とは誰のことだろう?何より、何故炭治郎の名前を知っているのか。初対面のはずだ。

「なんのことか分かりません!!というか!何故俺の名前を知ってるんですか!?何処かでお会いしたことが…ッ!!」

言葉が途中で切れてしまった。正確には物理的に遮られたのだ。目の前の男が炭治郎の頬を思い切り殴ったために。あまりの勢いに炭治郎は地面に転がってしまう。その上に跨るように座り炭治郎の胸倉を掴む男。

「……巫山戯ているのか貴様。鬼がいる街で呑気に帯刀もせずに歩き回るとは…もう一度問うぞ。胡蝶や他の隊士達は何処にいる」

地を這うような低い声だった。顔を見ると静かな怒りが滲んだ瞳と目が合った。知らない、などと言える雰囲気ではなかった。だが知らないものは知らない。しかし正直に言おうものなら殺されてしまいそうな空気に答えあぐねていると凛とした声が響いた。

「炭治郎くんを離して下さい」

声を辿って顔を上げた先にはしのぶがじっと男を睨んで立っていた。男はその姿を見るなり立ち上がりしのぶに近寄る。

「胡蝶…」

「大丈夫ですか?炭治郎くん」

しかしそれを華麗に無視して炭治郎に駆け寄るしのぶ。戸惑いながらも頷くがその際頬に走った痛みに思わず顔を顰めてしまう。それを見たしのぶは悲しそうな顔をして診察鞄から布と水筒を取り出した。布を水筒から出した水で濡らし固く絞ると炭治郎の頬にそっと当てた。

「いッ…!!」

「腫れていますのでそれで抑えてくださいね。痛みが引いたらこれを塗るように」

手渡された小物入れには塗り薬が入っているらしいことが匂いで分かった。しのぶに礼を言いながらフラフラと立ち上がると彼女は炭治郎を背に庇うようにして男と対峙した。

「いきなり人を殴るなんてどういうおつもりなんですか?」

問われた男は少し目を見開くと小さく呟いた。発した音は確かに落胆していた。

「……俺を、覚えていないのか」

「存じ上げません。初対面で人を殴るような人なんて、私は知り合いには1人もいませんから」

ピリッと空気が張り詰めた感覚を肌で感じ取ってしまった炭治郎。オロオロとしのぶと男に視線を移しているとしのぶが振り返った。

「炭治郎くん、先に行ってください」

「え…でもしのぶ先生が!!」

「私は大丈夫ですので。寄るところがあるのでしょう?」

ニコリ、と断る選択肢を取り上げるような笑顔に何も言えなくなりしのぶにペコリと頭を下げて後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。道中何度も振り返りながら向かったのは『花嫁様』のお屋敷だ。玄関を潜って挨拶をすると今日は『花嫁様』が迎えてくれた。

「いらっしゃいませ…あら?そのお顔は……」

「こんばんは!…あ、ええっと!ここに来る前に知らない人に殴られてしまって……」

嘘がつけない性分なために正直に言えば『花嫁様』は大きく目を見開いて炭治郎を急いで家に上げる。居間に通して何か冷やすものを持ってきてくれるらしい。炭治郎は「お気遣いなく!!」と叫ぶも聞こえていないようで『花嫁様』は行ってしまった。1人残された炭治郎は落ち着くために深く深呼吸した。その時感じた匂いに首を傾げた。

(…あれ、なんだこの匂い?)

立ち上がり廊下に出て鼻を鳴らす。匂いは廊下の奥からしているようだ。気になってその匂いを追ってみるとどんどん屋敷の奥へと来てしまっていた。

(…俺の匂い?でもなんで…ここに住んでいるわけでもないのに)

匂いの出所でふと足を止めるとそこは廊下のど真ん中であった。クンクンと匂いを嗅ぐと下から香ってきた。這いつくばり1番匂いの濃いところを見ると廊下の床板と同じ色でかなり分かりにくいが取っ手らしきものがあった。引いて見るとそれは扉だったらしく下に続く階段が現れた。その瞬間、感じたのは沢山の嗅いだことのある匂い達。

(!?…禰豆子、善逸、伊之助…しのぶ先生の匂いまで!?なんで……)

ゴクリ、と喉を鳴らして恐る恐る階段を降って行く。降りるにつれて濃くなる匂いに嫌な汗が首筋を伝っていく。急なわけでもなく、登っているわけでもないのに息が上がりハァハァと息が荒くなってしまう。やっと一息つけたのは階段を降り終わった時だった。顔を上げると目の前には木の扉がありそこから匂いが漏れている。大きく、大きく息をついて意を決して扉を開け放った。

「…う、わぁ」

そこはかなり広い部屋だった。壁際に灯りが灯されておりいくつも木の棚が並んでいてそこには柔らかい布が敷いてあった。そしてその上に色とりどりの輝く水晶玉が綺麗に陳列されていた。部屋へ入りその一つ一つを眺めているとまたも自分の匂いがした。匂いを追った先には深い緑色の玉が置かれていた。灯りの反射でキラキラと輝くそれをそっと手に取ってみた。

(…俺の物、だろうか?でもこんなに綺麗な物持ってなかったと思うけれど……仮に俺のだとしてなんで『花嫁様』が持っているんだろう?)

ひっくり返して見たり、水晶を通して反対側を覗いてみたりしていると手の中のそれがなんだかとても懐かしいものに感じてきた。心なしか温もりを感じる気がする。自然と頬が緩んでしまうのを自覚しつつ幸せな気分になっているとつるりと手が滑って水晶が手の平から抜け出した。

「ッあ!!」

咄嗟に手を伸ばすも間に合わず水晶は重力に従って真っ逆さまに落ちていく。床に垂直に激突したそれは呆気なくパリン、と割れてしまった。
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