短編小説
□桧の香り
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「……ババンバ・バン・バンバン♪」
小さい呟きだったのに銭湯の広い天井に声が大きく反響する。
大きな空間に独り、というのは悪くない。
「……ふうむ」
──楽しいな、これは。
「ババンバ・バン・バンバン」
アビバ・ノンノンッと合いの手を自分で入れる。
「ババンバ・バン・バンバンッ♪」
立ち上がってペチペチと手を叩き、適当に腰と関節をくねくねさせて踊ってみた。
「いっい湯だっなぁっ!あはは!
いっい湯だなぁあああいっ!」
突然どてーんと体勢を崩し水飛沫を上げ入水した。
ヒノキの香りが付いた白いにごり湯が鼻から口から侵入する。
こける原因となった風呂桶が桧より先にプカプカと浮いてきた。
「お、おまえ、私が風呂掃除するから浴槽から出るなって言ったよなぁ?!なにケツ振って踊ってんの?!!」
湯屋しみずの看板娘、ゆずが年頃の女子らしからぬ上下ジャージ姿にモップを携えてやって来た。
彼女自身も風呂には入ったかのように顔を紅くして仁王立ちする。
「いやぁ、つい楽しくなっちゃって♡」
「楽しくなっちゃって♡じゃねぇぇ!」
スパコーンともうひとつケロリンが飛ぶ。
「いたた…もう少し優しく扱ってくださいよぉ」
「お前なんかこんなもんで十分だ」
も〜ひっどいなぁ、と独り言のように抗議するが床を擦るのに一生懸命で聞く耳を持たない。
普段からこんな家は嫌だ、と言っているがとても丁寧な仕事だった。
風呂への愛情がこもっている。
その様子を見ながら風呂に浸かるのは、結構好きだ。もっとも、こんなことを言おうものならもう一つ風呂桶が飛んでくる。
そんなことを考えながらにまにましていると、ふと思い出したようにゆずが顔を上げる。じっと見ていたため自然と目が合い少し焦った。
「そーいや今日はカレイの煮付けらしいよ。母さん頑張ったらしいから食ってけ」
普段料理なんかしないくせに、と毒づく。
「あ、煮付け好きです〜!嬉しいなぁ、僕のために頑張ってくれたなんて」
「お前のためにとは言ってねえよ…?」
「言ってないけど僕のためでしょ?」
そう言って笑うとゆずは何か不満げにプイとそっぽを向いた。
「ゆーずさーん?どうしました?」
「……別に」
頬を膨らませる姿はなんとも愛らしいが、なんで顔をそらされたのかは分からず仕舞いだった。