短編小説
□太陽の香り
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数日後、私はいつも通り大学へ行くが、いまいち身が入らなかった。
ここ何日か、煮付けを食べに来た日以来しみずに来ていない。
帰り道、桧のことばかり考えていた。
どうしたのだろうか?
やっぱり銭湯は古くさいのかな。
そもそも桧みたいに若い子は敬遠するものだ。
街灯と店の明かりに照らされた道をトボトボ歩く。
──桧も、普通の男の子なんだよな…
ちゃんと家族がいて、友達がいて…学校に通っているのだろう。
──もしかしたら彼女なんてのも…
なにげに顔はかっこいいから。変人がバレなければ。
仲良く二人でオサレなカフェに行ったり、一緒に帰ったり…ほら、ちょうど前のカップルみたいに、……え、今、前の……
───桧?!
とっさに店の角に隠れる。
高校生らしいブレザーに身を包んだイケメンは、確かに桧だった。隣にいるのは可愛い女の子。
身長もちっちゃくて、ほんわかした雰囲気が桧と通じるものを感じた。
「うわ、あのカップル理想的ね」
「美男美女だね〜」
道行く人からそんな声が聞こえる。
桧は変人がバレなければ私でさえ認める美青年なのだ。
可愛い女の子と微笑みあっている笑顔がまぶしい。
横顔しか見えなかった桧の顔がふと私を見た。
「あれ、ゆずさんじゃないですか」
「!?」
どうしたんですか、と此方へやって来る。
「な、な、」
「な?」
「な、なんでもないっ!」
だっと走り去る。
「えっ、ちょっ」
追いかけてきているようだったが私はこれでも元陸上部、差はどんどん開き桧の姿は見えなくなる。
彼女を置いとくわけにもいかないだろうし、そろそろ諦めただろう。
「、ふう、……」
……なんで逃げ出したんだろう。
おう!んだお前、彼女とかいたのかよ!
やるなぁ、彼女の前ではいきなり裸になんてなるなよ!……
…とか。
そういう態度が私らしかったんじゃないのか?
「……あー!やめだやめ!」
考えるのは私の性分じゃない。
うじうじ考えるな。感じろ。(何を)
辺りが暗くなっていることに気づかず一人で悶えていると、
「……ねぇ、お嬢ちゃん」
気づけば道の真ん中に小肥りの中年男が立っている。
「あ?」
「ねえ、君、こんなもの見たことある?ねえ」
コートの下は予想通りというかなんというか、まぁ、何も纏っていないわけで。
私の思考が止まっているのを良いことにソイツはソレを興奮気味に見せ付けてくる。
「ね、ね、どう?」
どうじゃねえよ。
いま、驚いて開いた口が塞がらねえよ。
じりじりと詰め寄ってくる露出狂に焦るも身体が動かない。
やばい、と思ったとき叫び声が聞こえた。
「ゆずさーーーん!ゆずさーー、あ、ゆずさん。」
見つけました〜、とこのシュールな状況でも花を飛ばしながら子犬のように私に駆け寄ってくる。
「ゆずさん?なんでどっか行っちゃ──あれ、どちら様ですか」
露出狂も状況についていけておらずコートの前を両手で広げたままの状態で固まっていた。桧と露出狂は何故かじっとみつめあう。
「ちょっと!そこのおじさん!」
ビクッと肩を竦めた。おい、さっきまで嬉々として急所を見せた勢いはどこに。
「ゆずさんに露出して良いのは!」
1拍溜め、バーンと効果音が付きそうなどや顔で言い放つ。
「銭湯でだけさ!!!!」
「………いやだめだろ!」
なんかちょっと考えちゃったじゃん!普通にセクハラ発言だろ!
「てかお前確信犯で見せてたのか!」
「いやぁそんな……」
「照れるな変態!」
「まぁそれは置いといて、」
「置くな!」
桧が私の手を引こうと歩み寄るが歩き出さない私に気づき原因を悟った。
未だに足がすくんで動けない私の身体をひょいと持ち上げる。
「えっ、ちょっ」
それはいわゆる、お姫様だっこというやつで、
「じゃあ、行きましょう」
「…はっ?」
筋肉なんて何処にあるのか分からないような細い腕に私を抱いて走り出す。
桧の腕のなかは干したてのシャツなのか、もう夜なのに太陽の香りがした。