短編
□人間というのは。
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「はあー」
他人の目はあなどれないものだ。そう分かっていても、時々羽を伸ばしたくはなる。
それも学校の屋上なんていう割合バレやすい場所で、というのもなかなかスリルがあって楽しい。
白鷺は穏やかな日差しの中で、元の白鷺の姿に戻って寝ころんでいた。
ただの擬態だからいつでも人間に戻れるし、人の気配が近くにきたら勘づくし…というわけで無防備に空を仰いでいると、この学校内で唯一気配を感じ取れない彼が天を隠した。
さらりといい香りのする髪を白鷺の鼻先すれすれに落として来る。手はポケットに突っ込んで、腰を曲げて顔を覗きこんでいるらしい。
「なにしてるんだ?」
その目に責める色合いはない。機嫌がいいのか、特に気にもしていないのか。多分後者だろう。
「なーんか制服ってかたっ苦しくてさ」
秀一とほぼ同じ年月を人間界で過ごしていたとはいえ、小学校も中学校も行かずにいきなり高校にとんできた白鷺には制服というものが未知だ。
いいながら体を起こし、しゃがみこんだ蔵馬の隣に足を伸ばして座った。
「ああ、それはあるかもね」
「蔵ちゃんは結構気に入ってるように見えるけど」
学校が終わってからなんてすぐ脱げばいいのに、その恰好でよく買い物に出たりしていることを白鷺は知っていた。
「…母さんが嬉しそうにするからさ」
少し微笑んでそう言った蔵馬の目には愛情が溢れていて、白鷺は少し胸が冷たくなった。
素直に、羨ましかった。
「へえ?」
「父さんがここ出身で、母さんは近くの高校に通ってたんだよ。そのころから2人は仲よくしてたみたい」
これが世に言う『青春』というやつか。
ろくな人生を送ってきたわけではない白鷺にとっては口をとがらせて遠くから見つめるだけのものだ。
「微笑ましいことだね。人間らしいなあ」
「本当にそうだな。愛を育む、なんて妖狐のころには知らなかったよ」
くす、と上品に笑う蔵馬を見て、白鷺もはにかんだ。
蔵ちゃんなら、もっと人間らしく命を継げるようになるかもしれないね。
そんなことを胸の隅に置いて、また無駄な劣等感を抱いていることに気がついた。生き方なんて人それぞれだしなんて思っても、未だに妖怪らしさが彼より多分に残っている私ではどこかこの世界に置いていかれている気がして。
そんなことはもう何回も何百回も考えたことだけど、蔵馬を目の前にすると余計募ってしまった。
「私もいつ…なんでもないや」
思わず口をつきかけた言葉を飲み込んで、口角を上げる。彼には関係の無いことだ。
「お前って本当に分かりやすいな」
頭を優しく撫でられてはっとする。
「なにするのよーえっちい」
「エッチはないだろ」
しかし頭の上から手を離す気はないようで、そのまま髪を滑ったりくるくると巻いてみたりと弄んでいる。
少しでも心地よいと思ってしまった自分を認めたくなかったが、相手が蔵馬ならまあいいかと思ったりもする。
「焦ることはない」
「ん…」
どうしてこうもお見通しなのだろう。やっぱり我らが統領には敵わないようだ。
と、いきなり蔵馬が後ろに寝っ転がった。
「青空見るのも悪くないな」
「でしょー?魔界の空よりずっと綺麗」
「そうだな」
白鷺も寝っ転がって、すぐとなりの端正な面に目をやる。赤髪をお返しとばかりに巻いたりほどいたり引っ張ったりしていると、抑えきれないというように蔵馬が噴き出した。
「何大笑いしてるの」
「子供っぽいところが…くくく」
「え、さっきあなたも私にやったじゃない」
「ほらそーいうところ」
顔を見合わせて軽口を叩くこの時間はたまらなく愛しかった。
「あ!蔵ちゃん今度私の制服着てみない?志保利さんわらかそうキャンペーン!」
「…死にたい?」
「ゴメンナサイ」
穏やかな春の午後だった。