紅白の獣
□降魔の剣
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夜。蔵馬はそっと病院のベッドを抜け出した。
そのまま音もたてず外まで歩く。白鷺は起きなかった。彼女に気づかれないように、白い粉…睡眠薬と麻酔薬を混ぜたもの…を一晩分の効力で飲ませてあったためだ。このくらいしなければ、たとえ疲れていようと彼女ならば異変に気付いてしまう。
「さて…」
目を閉じ、あの少年の顔を思い浮かべた。
『母親が自分のことで泣いてるのみたことあっか?あんなにばつの悪りーもんはねーぜ!!』
「飛影…すまない」
わかっている。このまま走り出せば、それは彼に対する裏切りをうむことになると。
それでも、幽助…浦飯幽助の今の力では彼に太刀打ちできない。飛影も、あのままにはしておけない…
蔵馬は神経を集中させ、このあたりで起きている妖気と霊気の衝突を探った。
(あの倉庫か)
思いのほかあっさりと見つかったそこには、盗んだ時に一度感じたことのある降魔の剣の邪気があふれていた。
急いで駆けて行くと、近づくにつれ次第に幽助の呻き声が聞こえてきた。
「くそ…遅れたか」
倉庫の陰に身を潜め、そっと中の様子を窺う。
飛影が全身の邪眼を開き、幽助を縛りあげていた。
「死ねえ!!」
(まずい!)
しかし落ち着く暇もなく、飛影がかざした降魔の剣に反射した光が蔵馬を衝動的な行動へ走らせた。
…こうすることはある程度、いやちゃんと考えていたので衝動的というとおかしいかもしれないが。
「なにい?!」
飛影の声が広い倉庫に響く。すでに、蔵馬の腹は剣が貫いていた。
「くっ…」
戦闘慣れした体のため、瞬間に激しい痛みが襲う。加えて邪気が体内に流れ込み、蔵馬の妖気に呼応して暴れている。傷よりはそちらのほうが苦しい。
「く、蔵馬、貴様?!どういうことだ?!」
飛影が当惑しているすきに、邪眼にむけて血を飛ばした。邪気と妖気の混ざり合ったそれは、彼の動きを封じるには十分だった。
「呪縛がとけた!!」
そんな幽助に簡単に説明をする。納得したらしい彼に、蔵馬は口角を上げて見せた。細く血が滴った。
「こないだの借りを…返しにきたぜ…あの女の子のことは…オレにまかせてくれ」
「…お前、なんでここに」
「抜け出してきたにきまってるだろ?監視付きだけどね」
「監視?」
「詳しいことは後で説明する…お前は飛影の邪眼が回復しないうちに倒せ!!」
その時、飛影の怒号が飛んできた。
「蔵馬ア!!許さんぞ!!!!」
「お前の相手はオレだ」
毅然と飛影の前に立ちふさがる幽助を一瞥し、蔵馬は螢子とぼたんのもとへ駆け寄る。
「離れてください」
「蔵馬?!どうして!!」
「それはあとで…いいから言うとおりに」
螢子の脇にかがみ込み、剣のつかを外して、中に入っていた小袋を取り出す。
封を開け、白い粉を小指につけて毒見してから、蛍子の口に全て流し込んだ。
「これで…ひとまず安心です」
ふっと一息ついた蔵馬に、ぼたんが焦って言った。
「あんたの分は?!」
「オレはこのくらいで死にはしないから大丈夫ですよ」
「そうじゃなくて…絶対痛いだろ?それ」
未だ出血の止まらない傷口を指さされた。自分のダメージのほうを先に考えればいいのに、この霊界案内人は随分人がいいようだ。
「そりゃあ痛くないことは無いけど…」
「それに、剣抜けないじゃないか!どうするつもりだい」
抜くつもりではあるが…と言おうとして、一瞬口をつぐんだ。確かに、このまま抜いては危険だ。手持ちの薬草では足りない。
「まあ…なんとかしますよ…」
螢子から離れて壁に背を預け、ずるずるとそのまましゃがみ込んだ。
と、ズボンのポケットに妙な硬質感があるのに気がつく。
(そうだ…白鷺のヒーリング…)
一回限り使える…と以前彼女に貰ったものだ。
(痛み止め…とオレの薬草で…妖気も増やしてさっさと回復させよう)
結局2つとも使うことにし、どうにか邪剣を引き抜くことに成功した。
「…はあ」
息をついて剣をカランと放った蔵馬。
「これでいいですか、ジョルジュ」
唐突に放ったさきへ顔を向けた蔵馬の後を追ってそっちをむくと、
「…コエンマ様に救援頼んだほうがいい?」
「ジョルジュ?!」
青鬼ががくがくして口を押さえていた。
「いや、大丈夫だ…このまま病院に戻るよ」
蔵馬は当然のように話をしているが、ぼたんには訳が分からない。
「ジョルジュが監視役なのかい?」
「正確に言うと監視じゃないんだけどね…コエンマが君の帰りが遅いからジョルジュに探させていたんだけど、どうにも彼だけじゃ見つけられなかったらしくてオレに声をかけてきたんだ。ちょうど幻海とかいう協力者が自宅にいなくて、当てがなかったと言っていた。
オレも飛影と幽助のことが気にかかっていたから、手を貸したんだ。…まあ、結果はこれだけどね」
ふっと自嘲した蔵馬にジョルジュが駆け寄った。
「でも蔵馬、刀折らずに返すんですね」
「これ壊したら、どこかの誰かさんが大目玉食らうんじゃないかと思ってね…そう刀身にもふれたくないし」
(…コエンマ様〜ばれてますよ〜)
名目上はぼたんの捜索だったはずのジョルジュへの指令だったが、あの時の真意は鈍い青鬼にもしっかりとわかるものだった。
『3大秘宝をとっかえしに行った幽助が心配じゃから、何が何でも刀を持って帰ってこい』
(折れたまま返したら、私もコエンマ様も怒られちゃうんだよなー)
一人悶々と悩んでいるジョルジュをぼたんは不思議そうに見た後、蔵馬にもいろいろ下心はあるんだろーなーとちらりと横を見る。
「どうしました?」
この極上の笑みの下にある考えなんて、あたしじゃ到底わからない…ぼたんはそう思い直して、少し引き気味に聞いてみた。
「蔵馬ってさー、なんでもばれちゃう相手っていないの?」
「?母さんとかじゃなくて?」
「ううん、何か…隠していても隠しきれないっていうか…そういう?」
「…どうだろう…これでも割と長く生きてますからね、大抵はなんとかなりますが。今、生きてる奴なら…白鷺かな」
「ごめん…嫌なこときいちゃった?」
傷を見つけ、素直に謝るぼたんに蔵馬は手を振って答えた。
「別に構いませんよ。そうですね、彼女のことは貴方も知ってると思うけど…意外と抜け目ないし、よく見てるし。騙されるときはころっと引っかかるけど、大事な時は力になってくれるかな」
「へえ…随分仲がいいんだねえ…」
「腐れ縁…があってね」
そこで蔵馬が視線を外した。
「あ、あっちカタついたみたいですね」
「本当だ」
よろけながらも
「3人とも大丈夫か?!…け、螢子は」
と一番にGFの心配をする幽助に、2人の顔からは自然と笑みがこぼれた。
「大丈夫…薬が効いてるよ」
ぼたんのセリフに安堵し、次は蔵馬を気遣う。
「蔵馬…!大丈夫か…ワリイな」
「急所は外している、平気さ。どうせ霊界裁判でじっとしてなきゃならない身だ」
さらっと流し、ぼたんと幽助が暗黒鏡がどうとかと話しているのを聞きつつ、蔵馬は今後のことを考えていた。
「…考えているようでなにも考えていない…君らしいね」
「お?!蔵馬てめーそりゃどーゆー意味だ?!」
「そのまんま、言葉の通りだろ」
相槌をいれながらも、思うのは先程話にも出てきた白鷺のこと。
(まずい、これではあいつにばれるのも時間の問題だ…)
しつこい幽助に根負けし、病院に送ってもらったあと腹の傷を検分する。
(参ったな…邪気がバレバレだ)
妖気が増幅されたとはいえ、剣の邪気は消えていない。そもそも傷自体完全にふさがっていないときた。
朝になれば、蔵馬がヒーリングを使ったことも白鷺は気付くだろう。血の香りも、人間は気付かないだろうが妖怪は敏感だから、どこかで邪気を持った武器で怪我をして、ヒーリングを一度に使わねばならない状況に陥り、それでもなお傷が癒えていないと推理するのは、彼女なら造作もないことだ。蔵馬が怪我をすること自体は白鷺にとって珍しいことではないが、邪気が絡んでいるとなれば話は別だろう。
(一人のときに妖怪にからまれたとでも言うか…いや、それではいずれ出会う飛影に同じ邪気が感じられることがわかってしまうし、話として不自然だ…誤解されるのもなんだから今回のことはある程度話しておくべきか)
翌朝、起きてすぐに白鷺は異状に気づいたらしい。 蔵馬はそんな彼女に昨夜の出来事をかいつまんで説明した。
「飛影はこの前の暗黒鏡のことにかかわっているから霊界で会うと思うよ」
「ん、了解…一応もっかいヒーリングしておこうか」
「頼む」
多くは聞かず淡々と体を治してくれている。白鷺に、蔵馬は小さく感謝した。