紅白の獣
□暗黒鏡3
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「…っ…ん…?」
蔵馬が眼を開けると、飛び込んできたのは病院特有の真っ白な正方形の並ぶ天井だった。
「白鷺…母さん!!」
珍しく焦って周りを見渡す。
「あ…」
「秀一…起きたのね」
蔵馬の右隣には微笑む志保利、左隣には
(白鷺…)
穏やかな寝息を立て、ベッドの中で丸まっている人影。
「母さん、もう大丈夫なの?」
暗黒鏡に願ったことが叶っている?
「大丈夫、お医者様も峠を越えたって言ってらしたわ。おどろいたって笑われちゃった」
「そっか…よかった」
ほっとした蔵馬に、珍しく志保利が怪訝な顔をして聞いた。
「秀一たちのほうこそ何したのよ?」
「え?」
「私が寝てる間に、おしゃぶりをくわえた御兄さんと、ちょっと気合が入ったかっこうの中学生があなたと都ちゃんを連れてきたらしいわよ。2人ともかなり体力を消耗してて危ないから休ませてやってくれって。
都ちゃんはまだ眼を覚まさないけど、状態は秀一とそう変わらしくて命に別条はないそうだから、安心していいわ」
「へえ…」
(コエンマと幽助か…あの二人には借りが出来ちゃったな)
蔵馬はくすりと笑った。いくら妖怪だろうと、妖気がなくなれば簡単に死んでしまう。おそらくはコエンマが霊界の特権でも駆使して2人の命を繋いでくれたのだろう。もしくは暗黒鏡の計らい…こうして願いは叶っているのだから、今回は結果オーライということで納得しよう。
何か裏があるのかもしれないが、今だけはこの穏やかな余韻に浸っていたかった。
「…何をそんな面白そうに笑ってるの」
考えを巡らせていれば、母親にはすぐに見抜かれた。
ふわっと笑う彼女に、困ったような顔をして見せる。
「何でもないよ」
「ウソ」
「ほんとだって」
蔵馬はそのままベッドに寝っ転がった。志保利は脇のカーテンを引きながら、
「疲れてるでしょう、もうお昼だけど寝たら」
そんなふうにたずねた。
「そうするよ、ありがとう母さん」
「おやすみ」
「おやすみ」
…と言っておいて、しばらくしてから蔵馬は天井を見つめつつ口を開いた。
「白鷺、起きてるんだろ」
すると、いつかのようにもぞもぞっと動いて
「あはは、母子の和やかな空気をぶち壊すほど無神経じゃないよ」
控えめなボリュームで返ってきた白鷺の声。元気そうである。
「とか言って、タヌキ寝入り見抜かれてるじゃないか」
「…まーね」
幸せだ…と蔵馬は純粋に感じた。こうして母さんが元気になって、白鷺も生きていて、コエンマも幽助も助けてくれて。体のだるさや痛みはなくもないが、これも今の時間の代償だ。
「白鷺」
「何?」
「ありがとう」
「…ん?」
「助けてくれて」
「おー、蔵ちゃんがありがとうって言うなんて!前は『手をかけさせたな』とか『礼を言う』とかだけだったよね」
「妖狐のころでも時々言ってたよ」
「…そ、そーだっけ…?」
と、蔵馬の唇が弧を描いた。
「白鷺って観察力があるようでないよな…オレちょっと残念」
「ん…そお…?」
びくっと目に見えて震える。顔には出さず蔵馬はさらに追い打ちをかける。
「お仕置きしてあげようか。俺が妖狐のときはそうだったよね」
「ひゃーっ!!ごめんね、許して〜!」
「…素直すぎ」
「え?…まさか嘘?!」
「ふふ」
「蔵ちゃん!!」
少し、蔵馬の表情が緩んだ。こいつ特有の雰囲気に合わせて行くのも悪くない。現に魔界ではあれでも楽しんでいた。
蔵馬はそのまま自分のベッドに戻ろうとした、それを後ろから彼女が引き留める。
「でも蔵ちゃんだってチャレンジャーだよねえ」
「ん?」
蔵馬が白鷺に目を向けると、白鷺も体を起こした。
「下手しなくても死んでたよ」
暗黒鏡の使用、白鷺の救命。わずかな間に、よくもまあ何度も命を危険にさらしたものだ。
「そうだね…オレもそのつもりだったし」
「だめだよ」
「?」
「死んだらだめ」
「ああ…」
「ひとには勝手なことして怒っても、自分のことになると危ない橋を渡ろうとするんだから。蔵ちゃんって信用ないよ、そこのところ」
「そうか」
危ない橋…ね、オレにとって守らなければいけないもののなかに母さんが入っているだけのことなんだけど…命をかける価値のある。
しかしそんなことを言ったらまた怒られるのが目に見えているな、ここは一つ黙っているか。
そんな蔵馬の心中を知ってか知らずか、白鷺はまた柔らかく微笑むのだった。