紅白の獣
□暗黒鏡1
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こちらも屋上。しかし学校ではない。仲山総合病院、志保利の入院している病院だ。とはいえ、入院していられるのも今日まで…普通なら今日でその生活、いや彼女のすべてが終わる。
満月がきらきらと輝いて美しい。白く染め上げられたその場所に、2人の男がいた。
「…おい、お前間違ってねえか?!彼女が助かったって、お前が死んだらなんにもなんねーじゃねーか」
学ラン姿の二人だが、リーゼント…浦飯幽助のほうが大声を上げる。
「これしか方法がないんだ」
彼とは対照的に落ち着いた…いや、必死さのこもった声音でもうひとりがしゃがんだまま答えた。すぐ近くの床には、強い光を放ちつつその時を待つ魔の鏡…暗黒鏡があった。
≪本当にいいのか?!他人の幸福のために自らの命を手放すというのか?!≫
暗黒鏡が、しゃがんだ男…蔵馬に最後の選択を迫る。しかし曇りのない穏やかな瞳で、彼は言った。
「15年間彼女をだまし続けたオレの罪がそれで少しでも償えるなら…」
肯定だった。光を強め始めた鏡。
…そこに、全く初めてな別の声がぶっ飛んできた。雰囲気もくそもない。
「馬鹿!!何言ってるの!!」
屋上の昇降口の雨除けの陰から、一人の女が現れる。
壁にもたれ、蔵馬をねめつけた彼女は、蔵馬の唯一の心残りだった。
「全くもう、無茶するんだから」
しかし一瞬で口元に笑みをつくる。
「白鷺…なぜここに」
「???誰だオメー」
謎しかない幽助に、白鷺は答える。
「白鷺。現在駿河都として人間界で生活している妖怪。OK?」
なんとも簡潔で分かりやすい。幽助は頭をコクンとやって
「OK」
その間に、白鷺は蔵馬のそばにあった暗黒鏡を取り上げた。
「…何するんだ白鷺!」
少しばかり反応の遅れた蔵馬から、白鷺は素早く距離をとる。
「あなた、ちょっと前に私に言ってくれたよね?『もっと自分のことを考えろ』って。だから私、自己中なことするね…って言っても、もうあなたを追いかけてきた時点で自己中なんだけどさあ」
わきのフェンスに片肘を乗せ、空いた手でいまだ光っている暗黒鏡を玩ぶ。シャランシャランと金属音が響く中、蔵馬が立ち上がった。
「…返せ、それは今オレのものだ」
正面から白鷺を見据える。怯むことなく白鷺は言って、
「無理」
鏡を握りなおした。
「ねえ蔵ちゃん、いいこと教えてあげるよ。実は私ね、志保利さんから『秀一のことお願い』って頼まれちゃってるんだ」
「?!」
「初めて秀一が紹介してくれた人なんだって、嬉しそうだった。このこと言っちゃいけないって口止めはされてるけど、生憎私はずるいからね。だめって言われても、はいって言わないの」
「…」
「…ってことで、蔵ちゃんはずっと志保利さんを見守ってあげないといけないから死んではいけません」
「…」
蔵馬が辛そうに唇を噛む。
「…返せ」
「強情だねえ。ねえちょっと、そこのちょい悪お兄ちゃん?蔵ちゃん捕まえてて」
「?」
「?!」
幽助に蔵馬も困惑する中、白鷺は鏡に語りかけた。
「聞こえてる?暗黒鏡…」
≪ああ≫
少し声を潜めて、鏡を口元に近づける。
「蔵ちゃんの願い…それ私の命で叶えてくれる?」
半分獣である蔵馬には聞こえていたが、幽助には全く聞こえていなかったらしい。
「やめろ!!」
「おい蔵馬、どうした?!」
蔵馬が駆けだす。幽助も続くが、白鷺は音もなく移動する。焦っている蔵馬は白鷺を捕らえられない…一方幽助は2人の攻防を眼で追うのが精一杯である。
彼らは病院の周りの家の屋根を転々としながら鬼ごっこをしていた。
≪お前の命か?ほとんど接点のない者のために自分が代わりに犠牲になるのか?≫
「結局はそーいうことかな…まあ犠牲なんて高尚な気持ちはないけどね」
≪では望み通り願いを叶えてやろう!≫
走りながら悠長に会話をして…いや、悠長そうに見せて実は精一杯なのだが、白鷺は鏡に願った。
ちょうど病院の屋上に舞い戻ってきたところ、光が一層まばゆくなって彼女を包んだ。
「がっ…!!!」
激痛が体を貫き、脚は動かなくなって膝から落ちる。
「暗黒鏡!今すぐ止めろ!!」
≪それはできん相談だ…もう取引は成立している≫
「くそっ!!」
蔵馬も光の中に飛び込んだ。バリバリという音とともに、彼女の味わう痛みが感じられる。
「ッ!!!」
≪何のつもりだ?≫
「どうしても…死なせるわけにはいかない…!」
白鷺が驚いて蔵馬の顔を見る。
「だめ…蔵ちゃん…邪魔しないで!!」
「何してる幽助!!早く…白鷺を…」
後ろで様子を見ていた幽助が動いた。
「おい鏡!オレの命を少し分けてやる! そしたらこいつらの命全部取らなくても願いは叶うだろ?!」
なんと幽助までも光に手を伸ばした。
「何を考えてるんだお前は?!」
「母親が自分のことで泣いてるのみたことあっか?あんなにばつの悪りーもんはねーぜ!!」
「…」
蔵馬が絶句する。とたん、白鷺の顔つきが変わった。瞳から光が消える。
「…そうだよ…あなたたち二人はだめなんだよ…」
「?!」
「私ならいい…私の命は…」
「!!」
「だから…ごめんね…『黒雲母壁・ビオタイトウォール』」
蔵馬に幽助が、後ろにはじけ飛んだ。呪縛からのがれた2人は、いきなり現れた何層もの黒い結界のようなものに目をとられた。
「なんだ?!これ!!」
「白鷺の能力だ!あいつは鉱物を武器化できるんだ!!」
幽助に短く返答し、結界に体当たりする蔵馬。暗黒鏡の光が中ではじけ飛び、丸い結界を幻想的に見せている。
しかし当事者にそんなものを観賞している余裕などありはしない。
「このままじゃ白鷺が…」
「くそっ、壊れねえ!!」
幽助も加わるが、一向にそれは破れそうにない。
「!」
中が一層輝いて、結界が消えた。白鷺が意識を失ったらしい。
そのせいで一瞬ではあったが輝きは男たちの眼にも届き、彼らもその場に崩れた。