紅白の獣

□秘密
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「ちょっと!あんた何様のつもり?!」
(妖怪様?)
「いつも放課後彼と喋ったりしてさあ!」
(こっちは見られてること、とっくの昔に気づいてるんだけど)
「 南野君と登校なんか…腹黒女!」
(登校しただけでそんなこと言われる覚えもないんだなあ…まあ腹黒はあながち間違っちゃいないかも)
こちらも自然な流れである。南野ファンの執念はすさまじい。 現在昼放課中ながら、めでたくお呼び出しをくらったわけだ。体育館裏という特等席であった。
「で?君たちは私に何を求めてるわけ?」
営業スマイルのまま、白鷺は延々と聞かされそうな不満の間に滑り込む。
「今後一切南野君に近づかないで」
「それは無理かなあ」
即答。態度も態度なだけに、目の前の女の子たちの熱はますます高まっていく。
「ふざけないで!」
「大真面目だよ」
「いい加減にしないと殺すわよ!」
言うなり、前髪ぱっつんのツインテールがカッターナイフを取り出した。しっかりと刃を出し、ちょうど白鷺の鼻先に持ってくる。
「物騒なもの持ってるねえ」
「ほらっ、さっさと約束しなさいよ!」
しかし全く動じず、いまだに飄々としている白鷺に、彼女は露骨な敵対心を覗かせていた。
と、白鷺は何を思ったか小刻みに揺れている刃先を自ら右手で握り、滑らせた。
「な…何するのよあなた!!!」
「見ての通り。君たちが今、私にしようとしたことの手助けをしてあげただけだけど?」
当然のごとく、白鷺の掌からは真っ赤な鮮血が流れ落ちている。
「私ね、こういう少しの傷でも血が止まらなくなる体質だからすぐに殺せると思うよ?やってみたら?」
ほほ笑みを絶やさず、彼女たちに今度は白鷺が右手を開いて鼻先に押しつけた。なるほど、たしかに血は止まる気配がない。蛇口をひねったように流れるままだ。
ぱっつんは思わずカッターを取り落とし、そのまま硬直した。
そして、すぐ後に絶叫した。
「いっ、いやあああ!!!」
「覚悟がないのに得物…カッターなんて向けたらだめだよ?」
おそれおののいて後ずさっている女の子の中から、ぱっつんを選び出して顔の横にどんと左手を置き、壁に押し付ける。
「わざわざ私も手荒なまねはしたくないんだよねえ…わかったらさっさと消えてくれる?」
満面の笑み。どこにも邪気を混ぜていないところが逆に恐ろしい。
相手が今にも泣き出しそうな表情をしているのを見て、白鷺はようやく彼女たちを解放した。
我先にと逃げていく女の子の背中を見つつ、白鷺はふうと一息ついた。
(さて、面倒なことにしちゃったなあ)
右手を見る。血はやはり止まらない。彼女たちに放った言葉は嘘でなかった。
(人間界に来てからか…体質がおかしくなったのは…)
魔界で大暴れしていたころはこんな傷日常茶飯事であっため気にもしていなかったが、どうも人間界と白鷺は相性が悪いらしい。
(蔵ちゃん…ほんとよくもてるみたいだねえ)
その場に座り込んで悠長に思った。
こうなることはある程度予想が付いていたので、あらかじめ自分とこのあたりの気や気配、さらには匂いまで消してある。お狐様を欺くにはこれだけしても足りないだろうが、ないよりはましのはずだ。
(…どうしたものかな)
妖力を傷口に集中し、血管と皮膚の再生に努める。止血点を押さえて、ついでに少しだるい腕を心臓より上にした。多少時間はかかるが、なんとか血が止まる程度のけがにはとどめたつもりである。
「白鷺!」
「…?!」
と、突如声が響いた。驚いた白鷺だが、現在彼女の周りでこの名を呼ぶのは一人だけだ。
「…蔵ちゃん」
蔵馬。なぜ彼がここにいるのか、白鷺には皆目見当がつかなかった。
とりあえず右手は握って死角に隠す。
「何してるんだ」
「食後の散歩」
彼は怖い顔をして駆け寄ってきた。
「なら右の掌を見せろ」
「…お見通しってわけ」
「お前の足元と奥の壁の近くの地面に血が落ちてる。そばにカッターナイフもあるとなれば…騙し通せると思ったか?」
「…いーえ」
観念し、拳をといて蔵馬に差し出した。血は裂傷が小さくなりきれぎれにはなっていたものの、固まらないのは相変わらずだ。
「皮膚や血管は妖力でもとに戻せるんだけど、なぜか血だけはどうにもならなくてねえ。なんでだろうなあ」
「…人間界には血友病という病気がある。]染色体の遺伝子欠損で起こるから基本的には男性しか発現しないけど、女性の場合両]染色体に異状があれば発現する。君の場合、人間界じゃなぜか後者に当てはまってしまっているらしい」
「血友病か」
ひどく不親切な説明だが白鷺は理解したらしい。蔵馬は言いつつ、彼女の手におもむろに何かを押し付けた。
「っ痛…あー、ごめんね」
白鷺は少し顔をゆがめたが、すぐに意図を理解して元の表情に戻った。
「…」
淡々と何も言わず手当を続ける蔵馬に、彼女は問うた。
「ねえ蔵ちゃん…どうしてここがわかったの?」
「…昼放課の初めあたりからお前の妖気が感じられなくなっていて、どうしたのかと思っていたらオレの教室に顔面蒼白の女の子たちが駆け込んできた。オレの過激派のファンの子たちだったから、頼んでここを突き止めた」
やはり口調も表情も冷めている。…怖い。
「蔵ちゃんの頼み方って、想像しただけで寒気がするよ…」
「特に傷つけちゃいないけど」
「そうでなくとも、あなたならいろいろ手段があるじゃない…」
「まあね」
「否定してよ」
ぼそぼそとした会話を続け、傷口にある程度皮膚再生の草をすり込んではあと息をついた蔵馬。
「…白鷺」
「はい」
「なんで言ってくれなかったんだ?」
「んー、心配するかなって思ってね」
「心配はするけど…君の体質を知っていればほうっておくことはしなかっただろう」
「ごめん」
「…怒る気も失せたよ」
「…」
機嫌を大層お悪くさせてしまった彼に言葉少なに責め立てられ、白鷺は少し表情を曇らせた。
そんな様子を見た蔵馬はもう一度盛大にため息をついた。
「もっと自分のことを考えろ」

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