紅白の獣

□再会
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真赤な月が真黒な空に浮かんでいる。そんな中を黒と銀と白が薄布のようにはためいて駆けて行った。

「おい兄貴、あとどんくらいだ?」

「およそ50kmのところだ…そう時間はかかるまい」

「まあ急ぐ必要もなさそうだけどなー」

黒はトップで束ね、首には赤いペンダント。

銀はラフに流し、白衣を輝かせる。

白は首もとで2つ分けにし、黒と銀より一回りほど小柄だ。

銀の言うとおり、数分で目的地に到着した。3名はふわりとスピードを緩め、壁や屋根が群青の大きな館の前に止まった。

館といっても古く、数百年単位が当たり前の魔界では珍しくひび割れがひどく全体として傾いていた。

しかし中にはいくつもの妖気…

「ここか?」

「思ったより大きいね」

「黒鵺は正面、白鷺は裏口…オレは上だ」

「わかった」

「はーい」

黒鵺と呼ばれた男がすっと消える。妖気の場所から察するに、ここ正面玄関の影に隠れたらしい。それもすぐに彼自身により断たれる。

次に白鷺と呼ばれた女も姿を隠した。すさまじい速さで城を回り、事前に確認した裏口へと移動する。同じように妖気を殺すと、最後に銀の男が目の前の玄関の扉を用心深く押しあけた。

中は広間だった。どうも宴会の真っ最中らしく、明るい笑い声が聞こえる。こちらには気づいていないようだ。

扉からそっと手を離し、男は音もなく跳び上がった。スタと屋根に降り立ち、屋根の瓦をそっとはがす。軽く叩いて強度を確かめると、彼は一気にぶち抜いた。

「な、なんだこいつ?!」

「妖狐だ!妖狐蔵馬だ!!」

あけた天窓はちょうど敵様の頭上。相手は当然ながら驚き、しかも堂々と登場した超有名人が目の前に降り立てばほぼ硬直状態である。

しかし固まっている場合ではない。派手な音が合図となり、前からは黒鵺、後ろからは白鷺も飛び出してきた。

「こんばんはー」

挑戦的な微笑を浮かべ、白鷺は呟いた。

「黄鉄鉱光線・パイライトレイ・」

彼女を中心としたおよそ5mが丸く輝き、そこに立っていた妖怪が金色に凍る。パイライトはもろい。石にするよりよっぽど扱いやすいのだ。

「…数だけは面倒だなあ。紫水晶剣・アメシストソー・」

1匹1匹紫の剣で割っていると、後ろで鎌が風を切り3匹同時に金属音がした。

「相変わらずおっせーな、白鷺は」

「あ、ごめん兄さん…どう?そっちは」

「終わったよ」

黒鵺に顔を向けて薄く照れ笑いをした後、背後を確認すればローズウィップと鎌によってばらばらになった残骸が床を埋めていた。
「…らしいね」

「行くぞ」

部屋の奥で白衣に血もつけていない銀の男が2人に声をかけた。

「おう」

「うん」

軽く返事をして部屋を横切る。そのまま目の前を走っていく背中を追いかけ廊下を進むと、比較的広間に近い部屋の扉前でぴたりと足をとめた。

「ここだ」

「へえ」

「俺がやっていい?」

黒鵺が隣に並ぶ二人を見やった。

「ああ」

「お構いなく」

瞬間、扉は吹っ飛びここまできた理由ががあらわになった。

「もうちっとひねってほしかったな」

「面倒は少ないほうがいい」

「しかしこんなとこにお宝をほっとくなんて、不用心にもほどがあるね」

そこには黄金を基調としたアクセサリー類、宝石、絨毯、瓶に入った薬などまさに『金銀財宝』という言葉がぴったりのお宝の山があった。整理すらされていない。

「不用心つーか、ただ何も考えてなかっただけなんじゃ」

黒鵺、突っ込む。

「とりあえずさっさとずらかるぞ」

「おう」

「これ取りに来るのはまた後日ってことかー」

「いつものことだろ」

「お前ら、離れてろ」

銀は部屋の中に左掌を向け、何か呪文を唱えた。

するとたちまち部屋の周りに植物が生え、包み込むようにして成長していった。ツタのところどころに大きな口がくっついているように見えるのは幻覚ではない。

「毎度思うけど…やっぱこれエグそうだな」

「俺たちのものに手を出す輩がいればの話だ」

「お前の絶対零度の笑みに反応しないやつはいねーだろ…どんなに馬鹿でも」

「用心するに越したことはない」

そんな男子トークを聞いていた白鷺が、無邪気な顔で言った。

「帰ろうか、兄さん、蔵ちゃん!」

「だから蔵ちゃんはやめろ」

「蔵馬ァ災難だな」

「…うるさい」



人間界の柔らかな光が、カーテンの開け放たれた小部屋に降り注ぐ。

「またあの夢か…」

部屋のベッドに寝ていた赤い髪の男は、ひとこと呟き瞼を持ち上げた。

彼の名は南野秀一こと蔵馬。魔界で盗みを犯した際ハンターに追われ、もうすぐ生まれる予定だった南野秀一の受精卵に憑依した…という一風変わった経歴の持ち主だ。

よって今は人間界の一人間として、母親をもつ身である。

「さて…行くか」

彼はベッドからしなやかに両足を下ろし、壁に掛けてあったピンク色の冥王高校の制服に手をかけた。ここら辺では名の知れた、有名私立である。

すぐに白いパジャマからピンク色の制服に着替え、洗面を済ませ、通学カバンをひっつかんで、彼はトントンと軽やかに階下へ急いだ。

「おはよう、母さん」

「おはよう」

「朝飯つくるの手伝うよ」

「いつも悪いわね」

「いいよ、これでも料理くらいなら人並みにできるもの」

台所では南野志保利、彼の母親が朝ご飯作りに手をつけようかというところだった。

結局毎朝の朝食は秀一製だが、母親は代わりに弁当作りに精を出す。

「母さんだって毎日パートで疲れてるのに、オレの弁当つくってくれなくていいよ」

「だって秀一、私が朝ご飯作ろうとしても何もやらせてくれないじゃない?これでも母親なんだからね」

「そっか」

和やかに時間が過ぎ、こんな会話をはさみながらの朝は蔵馬にとって楽しいものだった。

「行ってくるね」

「いってらっしゃい」

志保利に笑顔を向け、蔵馬は学校へと歩いていった。

しかし、そこで思いもよらぬ人物に出会うことを、彼はまだ知る由もなかった。



「キャーッ南野君よ♡」

「今日もかっこいい…♡」

こちらは恒例。秀一の顔は人間界で言う『眉目秀麗』であり、ついでにスポーツ万能・成績優秀・人当たりも悪くないということで毎朝南野ファンによって盛大な歓迎を受ける。

日常茶飯事のことなので特に気にも留めておらず、教室に入ってしばらくして学活が始まった。

「今日は転入生を紹介したい」

担任の教師により、学活の初めにお知らせが挟まる。

「女かなあ」

「男かもよ」

「かわいいかな」

ひそひそと周りで声が聞こえる。高校生になってもこういう子供らしさは残したままなのがかの有名な盟王生だ。

「転入試験はほぼ満点だ…駿河、入れ」

「…」

彼女は教室に無言で教室に足をふみいれ、黒板の前で顔をあげた。

「駿河都。よろしく」

ふっと笑う。豊かな黒髪に灰色の瞳。背はあまり高くはないがプロポーションは芸術的だった。

「お、大人っぽい…」

「色気ってのかあれ」

瞬間、室内の空気が一変。蔵馬を除いた男どもの目が異様な色を湛えている。

「…惚れた」

「…俺も」

「おまえらもか」

「…キモイよ男子」

女子は逆に戦闘態勢?いやいやまさか。

「…先生。私はどこに座ればいいですか」

そんな空気をものともせず都は問うた。

「ああ…南野の隣が空いてるな」

「わかりました」

特に焦る様子もなく、都はゆっくりと蔵馬の隣に腰かけた。

「久しぶりー蔵ちゃん」

「?!」

いきなり親しげに声をかけられ、ついでに『久しぶり』と言われ、だめ押しに『蔵ちゃん』と呼ばれたらいかな蔵馬でも驚くのは無理ない。しかもまったく霊気を感じないとなんとも怪しすぎる。

「…誰だ貴様」

「たかが10数年で忘れちゃったの?薄情だなー」

へらっと笑って言いつつ、彼女はかすかに気を放出した。

「これでも?」

「…それ妖気だな…人間じゃないのか。ん?これどこかで…」

そのとき、蔵馬の脳内で都のセリフと妖気がつながった。

「もしかして、白鷺か?」

白鷺は蔵馬の妖狐時代の仲間である。昔はよく一緒に盗みを働いたものだが…

その彼女が今、蔵馬の目の前にいる。これまた驚くのも必然だ。

「正ー解」

「なぜここにいる?」

「話し出すと長くなるんだけど…授業後、屋上でいい?」

「わかった」



屋上に続く階段の錠前。ドアの前に来た時白鷺は気付いた。

(やっぱり立ち入り禁止か…まあそのほうが都合はいいんだけどね)

とか思いながら、白鷺は手の中に黒曜石を出現させた。

(これで十分か)

黒曜石の先を細くとがらせ、鍵穴の中に差し込む。軽く左右に動かすとあっけなくそれは外れた。

「悪趣味だよ?自分で外しといて人にもやらすなんてさー」

ドアを開け放ち、白鷺は苦笑しつつ言った。

「さすがだね。鈍ってないようだ」

彼女の視線の先で、蔵馬も苦笑い中。深紅の髪が風に揺れている。

「伊達にあなたの下についてないよ」

「確かに無能な奴を仕事になんて連れて行けないからな」

昔を思う蔵馬の横顔を見つつ、傍らのフェンスに体を預ける白鷺。

「そういえばやけに変ったじゃない。言葉遣いとか、優しくなってる」

「うん、自分でもそう思うけど。お前といると、ちょっと戻りそうだな」

「もう戻ってるよ、私に対する態度とほかの同級生に対する態度、明らかに違うからなあ」

「そうか?」

他愛ない会話。懐かしいと思いつつも、やはり疑問は先に立つ。

「それより。どうしてお前がここにいるんだ?強力な妖気は結界を抜けられないはず…」

まさか偽物?とそこまでは言わない。

「そうだね。でも減らせば簡単だよ」

「なに?」

「一回、妖力をc級クラスにまで減らしたんだー。人間界(こっち)にくるためにね。あなたももともとa級の妖怪じゃない?盗賊仲間から聞いたよ、蔵ちゃんがなくなったと」

「…」

「でもそんなことで死ぬようなタマじゃないと思ったから、魔界でも冥界でも生きていけそうにないなら人間界かなって思ってね」

さらりと言い切る白鷺。タマなんて言葉いつ覚えたのかというどうでもいいことに加え、一度鍛えた妖力を落とすなんて、相当な覚悟を必要とするはずだがと頭をひねる。

「苦労したんだよ?名前も顔も変わっちゃって…どこの国の人かもわからなかったし」

「顔と名前が違うのは君も同じさ」

「まーね」

小さく唇を動かし、片眉をあげてこちらを見る白鷺に、蔵馬は一瞬芯がうずくのを感じた。

顔や名前は違えど、口調・雰囲気・妖気は変わっていない。

蔵馬は直感的に彼女は本物であると感じ、信じることにした。

彼にしては珍しいことだが、目の前の白鷺は疑うに足らない彼女らしさを持っていた。

「しかしお前はどうしてその格好になったんだ?憑依という感じではなさそうだな…擬態変化か」

「うん。白鷺としての体では人間界を生きるのは大変だからね。結構この姿も気にいってるけど」

そういいつつ白鷺はもとの白鷺へと変化する。

髪はさらに伸び、一瞬のうちに艶のある純白に染まった。背も秀一くらいの高さまで伸びた。

瞳は碧く、顔つきも高校生のあどけなさは微塵もない締まったものと化している。目つきも幾分鋭くなったが、人間らしい笑顔は忘れられていない。10数年の月日は、秀一を創るのにも都を創るのにも十分らしかった。

「こんなところ…変わってない?」

妖気が微少ではあるが、まぎれもない白鷺の姿。

「やっぱり綺麗だな」

「…いつからそんなこと言うようになったのよ?」

「どうだろうね、秀一になってからかな」

彼女が目に見えて赤い…蔵馬はそんな様子をみてクスッと笑った。

「白鷺、照れてるの?」

「…もう、遊ばないで…でも、以前のあなたなら万が一にも言わないよー。人っぽくなったね」

「お前もな」

白鷺もくすりと笑って、少女の姿に戻った。

「しかし…お前なんでオレの高校がどこかわかったんだ?」

「ああ、先日スーパーで偶然志保利さんに会ったんだ…かなり薄かったけどあなたの妖気が感じられた気がしたから、少し聞いてみたら感じのいい方で…いろいろ話しちゃってね」

「なるはどね…じゃあオレのことも母さんから聞いたんだ」

「ええ。ちょうどあなたのいなくなった年に生まれた『ミナミノシュウイチ』という名前の息子がいると教えてくださった。そのあと、彼女の話からあなたが行きそうなところを探してここまで来たんだよー。ここ、首席で入ると学費免除だったよね?蔵ちゃんならそのくらい余裕だと思ってね。話をお聞きした限り、相当お母さんのこと大切にしてるみたいだったから割と自信を持って」

「へえ…それで」

しかし蔵馬は反省していた。志保利に白鷺が接触したのなら、少しだけだろうが彼女の妖気が志保利に染みついていたはずだ。それにまったく気付かなかったなんて…俺のほうは鈍くなったものだ。

ほかにも聞きたいことは山のようだったが、今日はこの辺にしておこう…と蔵馬は声をかけた。

「じゃあ、今日はこの辺で…送ろうか」

「大丈夫、まだ日が高いから」

「そうか…また明日」

「うん、じゃーね」

ふいっと後ろを向いて歩き去る白鷺を、蔵馬はしばらく見ていた。

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