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□失恋レストラン
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『失恋レストラン』



「これから俺たちは、本格的に全国制覇を目指す。
だから…今まで以上に、お前のことに構えなくなるだろう」

「待って、それって…」

「……悪いが、俺と別れてほしい」

ずっと憧れていたテニス部の部長、手塚くんと付き合い始めて3か月。

私達の別れは、こんなにもあっけないものだった。

彼を引き止めようにも、それ以上何の言葉も出てこなくて
私の目からは、ただ大粒の涙が流れるだけだった。


泣きながら家に帰って、コートのポケットを探る。

「あれ、鍵ない…」

そうだ、今朝はお母さんが家にいたから、つい鍵を持っていくのを忘れたんだ。

どうして、こんな日に限って…

寒さを凌ぐように、玄関横にしゃがみ込む。

涙で濡れた頬を撫でるように、冷たい風が吹き抜けていった。

……本当に好きだったの。
育ちの良さそうな端正な顔立ちも
さらりと流れるような髪も
私の手をそっと握った、骨ばった大きな手も

この幸せが、ずっと続くと信じて疑わなかった自分が情けない。



どのくらいこうしていただろうか。

「……お前、どうしたんだ?」

その声に顔を上げれば、隣に住む幼なじみの貞治が、不思議そうにこちらを見ていた。

「えっと、家の鍵、忘れちゃって…」

「それでこの寒い中、ずっと待っていたのか?」

「うん…」

「ケータイ持ってるだろう?誰かに連絡しなかったのか?」

「あ…」

そんなこと、思い付きもしなかった。
ずっと手塚くんのこと考えてたから…

「そこにいては風邪を引くぞ。
ほら、うちに来いよ」

「うん…ありがと」


貞治の家に上がるのは何年振りだろう。

幼なじみなのに、中学に上がってからはお互いの生活パターンが違いすぎて、なかなか会うこともなかった。

「スープスパでいいか?」

「えっ?」

「腹、減ってるだろう?
お前さえ良ければ俺が作るよ」

「うん、じゃあお言葉に甘えて」

貞治の料理は手際良くて、男子だなんてこと忘れてしまいそうで。

しばらくして、綺麗なお皿に盛られたスープスパが出てきた。

「じゃ、失恋レストラン、開店だな」

「………?!」

なんで貞治がそれを…

「昔から、お前が泣くのは失恋したときと決まっている。
まったく、何年幼なじみやってると思ってるんだ」

「貞治は全部お見通し、か…」

トマトがふんだんに使われたスパはとてもおいしくて
枯れるほど泣いたはずなのに、また涙が溢れてくる。

「手塚くんが、ね…
全国大会を目指すから、私には構えないって…」

「俺も同じテニス部員だから、手塚の気持ちも痛いほど分かるから…
その分、辛いな…」

「本当は、せめて『今までありがとう』って言いたかったのに…
それさえ…言えなかった…」

「……よく頑張ったな」

「えっ?」

「最後の最後で、相手に感謝の気持ちが出るというのは、お前がそれだけ真剣に手塚を好きだったからだろう」

「そう…だね…」

温かい料理と、貞治の言葉で
少しずつだけれど、涙が引いてくる。

「なぁ、お前は今まで何人の男と付き合った?」

「……いきなり何なの」

「いいから、答えてくれ」

「……3人、かな」

「別れを切り出したのは?」

「……全部、向こうから…」

そうだ。
私の恋はいつだって、相手のさよならで終わってしまう。
その瞬間に向けての準備も、何も出来ないまま、唐突に。

「俺が考えるに、それはきっと、付き合う相手に難がある」

「何よ、手塚くんが悪かったって言うの?!」

「いや、そうではない。ただ…」

貞治は、どこからともなく分厚いノートを取り出すと、机の上に広げた。

何もこんなときまで…

苦笑する私をよそに、貞治は言葉を続ける。

「俺の分析から、ある程度はお前に合った男像というのが割り出せるぞ」

「えっ、何それ聞きたい!」

「まぁそう慌てるな」

貞治はもったいぶったように、パスタを巻きつけたフォークを口に運んだ。

「まず第一に、お前は理数系の科目が全くもって苦手だな。
だから付き合う相手は、理数系に秀でた人物でないといけない。
そうしないと、試験前などに頼ることができないからな」

「む…」

「第二に、話し好きなお前のことだ。
相手は聞き役に向いている人物が良いだろう。
そして第三に、ルックスがある程度整っていることが重要だな。
お前は育ちの良さそうな顔に引かれる傾向がある。鼻筋が通ったような顔ならなお良いだろう」

「でも、でも…っ!
そんなの、手塚くんに全部当てはまってるじゃない!」

「まぁ待て。まだ続きはある」

「えっまだあるの?!」

貞治は、パラリとページを捲った。

「第四に、お前はすぐに一人で抱え込む癖があるからな。
だから付き合うなら、広い視野を持っていて、お前をフォローしつつ上手く悩みを引き出せる相手が良い」

「うっ…滅相もございません…」

「第五に、そうやって悩んでいる時などに、冗談を言って笑わせてくれる人。
そして第六、ここが一番重要なのだが…」

思わず、貞治の方に身を乗り出している自分がいた。

無意識に、喉の奥がゴクリと鳴った。

「お前は、人を好きになったら驚くほどに一途だ。中にはそれを重いと思うやつもいるかもしれない。
だから、そんなお前の想いをしっかり受け止めて、それと同じくらいの愛を返してくれる相手でないといけない」

思わず手から滑り落ちたフォークが、お皿の上で大きな音を立てた。

「貞治の言うことは、どれももっともだけどさ…
そんな相手、現実にいるわけないでしょ」

パタンとノートを閉じた貞治が、真っ直ぐに私を見た。

「いるだろ、ここに」

眼鏡で隠れてはいるけど、その視線から逃げられないのは容易に分かった。

「……冗談止めて。私今日失恋したばかりって、知ってるくせに」

「10年と7か月と21日」

「何が」

「俺が、お前に片想いしてる期間だ」

「…………っ」


思わず貞治から顔を背けた。

こんな時、こんな時は…
何て言葉を返したらいいの……



ポケットの中のケータイが、小さく震えた。

メッセージの差出人はお母さん。

『今どこにいるの?早く帰ってらっしゃい』

「わ、私…そろそろ帰らなくちゃ…」

動揺を悟られないように、自然に言ったつもりだった。

「あぁ。あまり思い詰めるなよ」

その貞治は、驚くほどにいつもと同じ貞治で。

「うん。スープスパ、ごちそうさま」

私は逃げるように貞治の家を出た。


「お帰りなさい。どこ行ってたの?」

「うん、ちょっと」

お母さんとの会話もそこそこに、自分の部屋にこもる。

後ろ手にドアを閉めると、一気に身体の力が抜けて、その場に座り込んだ。


…私、今日、失恋したんだよね?

なのにどうして、こんなにも貞治にドキドキしてるの…


口の中には、まだトマトの優しい味が残っていた。



fin.


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