I's dream
□無色
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何だか…眠れないなぁ…
枕元のケータイを確認すると午前1時45分。
小さなコテージの窓は網戸になっていて、少しばかり風が入ってくる。
熱いけれど、都会の熱帯夜に比べたら断然過ごしやすい。
隣のベッドに目をやると、こちらに背を向けて寝ている加奈子の肩は、既に小さく上下していた。
中学最後の夏。
「テニス以外でも思い出がほしい!」という何とも菊丸くんらしい一言で、全国大会優勝の興奮も覚めやらぬまま、テニス部レギュラー陣とマネージャーの私、そして親友の加奈子とともに2泊3日のキャンプに来ている。
最初は、レギュラーの中に女子ひとりっていうのも…と思って断ろうと思ったんだけど、桃城くんの「男ばっかじゃつまんないッスよー」の言葉に乗せられて…
手塚くんも、「心配なら友達を誘えばいい」って言ってくれたし、加奈子も誘って参加することにした。
…まぁ、そう言うのは建て前な訳で。
一瞬だけ参加を迷ったのは事実だけど、本当は行きたくてたまらなかった。
だって、好きな人も行くって分かってたらさ、やっぱり自分も…行きたいじゃん。
学校以外の場所で、乾と3日も一緒にいられるなんて…ね。
それにしても目が冴えてる!
ふと窓から外を見ると、綺麗な星空が目に入った。
そっか、都会と違って灯りがないし、空気も澄んでるもんね…
私はそっとベッドを降りて、コテージの外へ出た。
私が芝生を踏むカサカサという音以外、何も聞こえない静かな夜。
少し先にある、木立が開けた場所まで行けば、そこはまるで童話の中に出てくる世界のようで…
「うわぁ…すごい星…」
雲一つない夜空に、散りばめられた無数の星々。
まるで宝石をばらまいたように、各々が光を放ち、瞬いている。
こんな星空、東京で見たことない…
「あ、あれって天の川かなぁ…」
少し手を伸ばせば、届いてしまいそうだった。
あまりの感激に視界がぼやけ、慌てて下を向く。
その時だった、後ろでカサカサと足音がしたのは。
「高木さん…か?」
「えっ?」
突然のことに驚いて振り向くと、そこにいたのは…乾だった。
「いっ乾、どうしたの、こんな時間に」
先ほどの涙が引かずに、思わず目を押さえる。
「……泣いてるのか?」
乾は私の質問には答えず、そう問うた。
「泣いてない…けど、泣いてる…」
「…どうした?誰かに何か言われたのか?」
「そうじゃ、ない…
あの、あんまり星が綺麗だから…」
乾の真顔が、そこでふっと緩んだのが雰囲気で分かった。
「高木さんらしいな…。
実は俺も、星を見ようと思って来た。ほら、これ」
その手にあったのはレジャーシート。
「これがあれば、寝転んで星を観察できるだろう?
良ければ一緒にどうかな?」
「…うんっ!」
私と乾は寝転んで、星を眺めた。
暫くはお互いに無言で、でもその沈黙すら心地良くて。
乾と2人こうしてるなんて、信じられないよ…
星も勿論見てはいるけれど、私の意識は完全に右側の乾に向いていた。
少しだけ頭を動かして、そっと…乾を見てみる。
「……!」
と、何故かこちらを見ていた乾と完全に目が合った。
「…バレたか。」
そう言って、また星に視線を戻した。
……何なの。
いつから見てたの?
私が気付かなかったら、ずっと見てたの?
どうして…見てたの?
「天の川が、綺麗だな…」
乾は今のことなんて気にも留めない様子で、そう呟いた。
「まるで、この世界に、俺達2人しかいないみたいだ…」
ねぇ、それってどういう意味?
乾はどうしてそういうこと平気で言うの?
私が乾のこと好きだって知ってるの?
話を逸らしたかった。
「私、天の川見たの、生まれて初めてだよ」
「……初めてなのは、それだけ?」
「どういう意味?」
「どうもこうも…」
突然、乾が覆い被さってきた。
予想外の展開に、頭がついていかない。
私の思考よりも先に、乾は私に顔を近付け、お互いの鼻先が触れるか触れないかのところで止まった。
「彼氏が出来たり、キスをしたり、それ以上のことをするのも……初めて?」
「ちょっ、何言って…」
「…ちゃんと答えて」
「初めてだよ、バカ…」
乾は一瞬だけ微笑んで、そのまま私に口付けた。
「………!」
驚いた隙に舌を入れられ、私のそれをいとも簡単に絡め取ってしまった。
ねぇ、キスって、こんななの…?
もっと、チュッっていうようなのじゃないの?
こんな恥ずかしくて、ふにゃふにゃになっちゃうようなキス、私知らない…
「…好きだ、」
キスの合間に、乾が言った。
「もし千穂が同じ気持ちでないなら、申し訳ないことをしたな…
ただ、触れられる距離に千穂がいると思うと、自分を抑えられなかった」
乾が……私を好き?
「もし、千穂も同じ気持ちなら…このまま…」
乾が言い終わらないうちに、今度は私からキスをした。
───神様、
私、こんなに幸せでいいの?
この先、何か悪いことが待っていそうで怖いよ。
いつまでも唇を重ねる私達を、瞬く星たちだけが見ていた…。