I's dream

□青春の行方 U
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『少し君のデータを取らせてもらいたい』

『……でーた?』

『まぁ、入学してしばらくしたら分かるさ』

彼と出会った日に交わしたこの会話の意味を、まさかこんなにも早く知ることになるとは。

それほどに乾くんは、入学初日から、暇さえあればノート片手に何かを書いていた。

「どうして、そんなにデータにこだわるの?」

ある日尋ねた私に、彼は答えた。

「データを収集して分析し、相手の行動パターンを読む。
それを事前に頭の中で組み立て、何度も試合のシミュレーションをする。
それが俺のテニススタイルだからさ」

「なんだか難しそうだね…」

私がそう言うと、乾くんは眼鏡を押し上げ、得意気に笑った。

「もう体に染みついている習慣だからね。
だからどうしても、テニス以外の事柄に対してもデータを取る癖がついてしまっている」

「そうなんだ…」


*******


クラスにも部活にも溶け込んだ6月下旬。

あれほど不快だった梅雨も明け、本格的な夏が始まろうとしている。


「乾くん、またデータ整理?」

「まぁ、そんなところだ」

昼食後の昼休み、隣の席の乾くんとこんな会話を交わすのはもはや日課になっていた。

彼は顔を上げず、一心不乱にノートにペンを走らす。

「部活以外でも、そうやってテニスのこと考えてるなんて、凄いね」

「……まぁ、部活のデータ整理だけとは限らないがな」

「そんなだから、みんなちょっと引き気味なんだよ」

クラスメイトは、乾くんに何か一線を引いているように…見えるから。

私のストレートな言葉にも彼はやっぱり笑って、眼鏡を押し上げた。

「ははっ。望むところだね」

ま、そうやってブレないところも───好き、なんだけどね。


初めて会った日は、乾くんの満面の笑みに恋をして
最近では、夏服に衣替えしたカッターシャツ姿にまた恋をして

彼のことを知れば知るほど、好きなところが増えていく。

一見クールなのに、案外よく笑うところ
授業中、先生の間違いですら指摘してしまうほど頭が切れるところ
家庭科はどうも苦手らしいというところ
眼鏡に触れたり、シャープペンをクルクル回したりする細くて長い指

乾くんはデータを取るのが癖って言ったけど

私は、授業中だって部活中だって
乾くんを目で追うのが癖になってる……

「ところで、高木さん」

「なに?」

「君の最近の様子だと、どうやら好きな人がいるようだが」

「えっ?!」

まさに今考えていたことをそのまま見透かされたようで、声が裏返ってしまった。

「図星のようだな。
是非ともデータを更新したい。詳しいことを教えてくれないか?」

そんなこと言われて、素直に教える馬鹿がどこにいるのよっ!

「ちょっと待って、どうして好きな人がいるって思ったの?」

その問いかけに、彼はノートをパラパラと捲る。

「まず、授業中に上の空なことが多い。
そして、何かに反応して顔を赤らめることもしばしばだ。
更に部活中、他に気を取られて部長に注意されている姿を度々目撃する。
これらを総合すると、どうやらいつも好きな相手のことを考えている、ということになる」

「なっ……!」

全部当たり、だけど…

「そこまで分かってて、相手は…分からないの?」

「ふむ、それについては…
どうも確信が持てないんだよ。
確かな証拠がなければ、データとして認められない」

じゃあ、まだ
乾くんのことが好きだって、バレてないってこと…?

…だといいんだけど。

だって、こんなにも好きだけど
この気持ちを伝えるだけの勇気が、まだ私はないから……

「じゃあ逆にさ、乾くんには好きな人、いないの?」

どうしてそんなことを聞いてしまったのか、その質問はするりと私の口から出た。

そしてすぐに後悔する。

「俺かい?いるよ」

何ともあっさりとした答えだった。

「……誰?」

「それは秘密。高木さんが教えてくれたら、俺も教えよう」

「……そっか」


好きな人、いるんだ───…


昼休みの終わりを告げるチャイムの音が、とても遠くに感じた。
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