O's dream

□ツルツルくんは10歳年下
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ハロウィンが終わって11月に入ると、途端にクリスマスに向けて浮き足立つ街の雰囲気が嫌いだ。
通勤に使っている通りまでイルミネーションに彩られて、仕事帰りで疲れた眼には眩しすぎる。
周りを見れば、どこもかしこも仲睦まじく手を繋ぐカップルで溢れている。
私は小さく舌打ちをすると、マフラーに顔を埋め、家路を急いだ。

高木千穂、25歳。
職業、私立青春学園中等部の数学教師。
恋人は…いない。
一人暮らしをする2LDKのマンションは、私には少々広すぎる気もする。
真っ暗な部屋の電気を付け、真っ先に掛けていたメガネを拭いた。
この寒い季節、外から帰ってくると温度差で曇るのだ。
惰性でテレビの電源を入れると、そこに映し出されたのはクリスマスに向けたアクセサリーのコマーシャル。
彼氏役の俳優に指輪を差し出され驚きの表情を浮かべるモデルに無性にイライラし、すぐにテレビを消した。

年齢=彼氏いない歴の私でも、毎年こんなにやさぐれていた訳じゃない。
高校時代は部活に忙しかったし、大学ではクリスマスと言ったらサークルメンバーで集まってパーティー(と称した飲み会)だった。
就職してからも友達と集まっていたのだけど、1人また1人と彼氏ができて…。
社会人4年目となった今年、最後の砦だった親友の加奈子も抜け、残ったのは私1人。
ふん、別に良いんだ。
だってイヴの日はどうせ仕事だし。
まぁ夜は…何の予定もないけど…。
なっ、泣いてなんてないんだから!
これは汗よ、汗!!

*****

クリスマスイヴ当日の朝。
私はいつも通りに着替えると、家を出た。
学生は冬休みでも、教師は普通に出勤しなければいけないのが、この仕事の辛いところだと思う。
今日は、赤点を取った生徒への補習だ。
はぁ…テンション下がるわ…。
よし、帰りは美味しいケーキでも買って帰ろう。
あっでも、イヴのケーキ屋なんてカップルと家族連れの巣窟なんじゃない…?
そんな幸せで満たされた場所に私1人で行ける…?
もう!いっそクリスマスなんて滅亡すればいいのに!!
こうなったらコンビニで買うしかないか…。

職員室に入ると、隣の席で、同じ数学教師の竜崎先生が唸っていた。
メガネを拭きながら、挨拶をする。
「おはようございます。
……どうされたんですか?」
「高木先生、おはよう…。
実は昨日家の大掃除をしていたら、腰を痛めてしまって…」
「えっ!竜崎先生、男子テニス部の顧問でしたよね?
大丈夫なんですか?」
「これが大丈夫に見えるかい?」
「いや、見えません…」
「そこで、高木先生にお願いなんだが、」
うわぁ…そこはかとなく嫌な予感がする…。
背中にぞぞっと悪寒が走った。
「今日だけ、テニス部の顧問をお願いできないかい…?」
「………」
ほらきた想像通りのがきた。
嫌だよ絶対そんなの、だって男子テニス部ってよく知らないし。
部長の手塚くんと1年の越前くんしか知らないし。
どうせ他はおちゃらけた子ばっかじゃないの?
『先生クリスマスなのに仕事してる〜』なんて馬鹿にされたら私耐えられない…。
ここはもっともらしい理由を付けて断るしかない!うん!
「あの正直、テニス部は手塚くんと越前くんのことしか知らなくて…。」
そっそれに!私テニスは全くの未経験でして」
「あぁ、それなら問題ないよ。
顧問と言っても、特に指導はしないから」
「えっ」
「部長がしっかりしとるからね。
だから高木先生は、その辺で適当に見ていてくれるだけでいい」
「………」
それなら私じゃなくても良いんじゃない?
「どうせなら、若くて可愛い先生のほうが、部員のやる気も出るだろ?」
「そう、ですか?
……いやいやいやでも」
あっぶねー!
危うくお世辞に乗せられるとこだったよ!
いや、普段褒められ慣れてないからさ…。
「そもそも竜崎先生、私、今日補習があるんですよ」
そうだよ!忘れるとこだったけど!
「あぁ、それなら心配いらないさ。
そっちは代わりに私がやるから。ね?」
いやウインクされてもですね…。
「と言うか、もうそれで学年主任の許可貰ったから。
だから頼むよ」
ええぇぇぇーーー……もう決定してんの?
何だそれ……。
「本当に、今日だけですか?」
「もちろん。明日から、しばらく休みにしたから」
「それなら今日も休みに…」
「それはダメだよ。
今日は昼からクリスマス会って言ってたからねぇ」
「……はぁ」
「さすがにそれまで出ろとは言わないさ。
だから午前中だけでいい」
「……分かりましたよ」
「さすが高木先生!
そう言ってくれると思ってたよ!」
「………」
いや、言わされたんだよねこれ…。
でもまぁ仕方ないか。
竜崎先生には普段からお世話になってるし。
午前中だけでいいなら、帰りにコンビニでケーキを買って、昼からは家にこもってこたつでDVDでも観よっと。
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