* 本文(現代転生) *

□remembrance
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何を着て行こうか、何を話せば良いのか。

もし途中でキャンセルれたらどうしよう…。


ぐるぐる思い悩みながら迎えた、決戦の金曜日。政宗は恵比寿にある、小洒落たレストランの前にいた。

断られる事ばかり想定しては、スマホ片手にビクビクしていたが、今のところドタキャンの連絡はない。
政宗は昨日送られてきた待ち合わせのメールを何度も見返しながら、落ち着かない様子で彼を待つ。



片倉先生が初めてくれたメールは、時間と場所とレストランのHPのリンクだけ。
絵文字はおろか気の効いた言葉一つなく、彼らしい無愛想なものだった。

しかし、それでも政宗は嬉しかった。
あの日突然途切れた何かが、再び繋がったような。
文字の向こうに先生の存在を感じると、昔、中庭に向かった頃のような気持ちを思い出した。





待ち合わせは午後6時。
政宗が携帯片手にキョロキョロしていると、間もなく一台のタクシーが停まり、中から片倉先生が現れた。
シックな色合いのスーツに髪をきちんと纏め、いかにも会社帰りのサラリーマンと言う出で立ちである。

子供の頃に見たリクルートスーツの先生と、日曜のラフな私服姿しか知らない政宗は、途端に緊張してしまった。


「悪いな。急ぎの仕事が出来てしまって…待ったかい?」

「いえ、俺もさっき着いたから」

「そうか。予約の時間にはどうにか間に合いそうだな」

腕時計で時間を確認すると、先生はレストランの入り口を指差し、行こうと合図する。

政宗は間接照明に照らされる庭の見事さに圧倒されながら、エントランスを進む先生の後ろを歩いていった。





「いらっしゃいませ片倉様。本日はご予約ありがとうございます」

「先日は部長が酔ったまま電話して申し訳なかった」

「いいえ。松永様にはご贔屓にして頂いておりますので」

鞄と上着を預け、片倉先生はウェイターと親しげに会話する。
どの仕草も自然で、手慣れた感じがいかにも大人らしい。

以前から、年齢の割りには落ち着いた雰囲気を持った人ではあったが、記憶に残る先生は自分と同じ大学生。
変わっていて当然だとは思うものの、改めて8年と言う時間の重さを突き付けられた気がしてしまう。


そう言えば、話し方も少し変わった。
昔は丁寧に敬語混じりだったが、あれはやはり"先生"としての接し方だったのだろう。


湧き上がる戸惑いを現すように、テーブルに置かれたキャンドルがゆらゆらと揺らめく。


「……は、どうする?」

「えっ」

「伊達君、飲み物はどうする?ここは良いワインが揃っているんだが」

ぼーっとしながら向かいの席の先生を見ていると、目の前にドリンクメニューが置かれた。


マラミエッロアルターレ、クロスバーンシャルドネ、グレイワッキーソーヴィニョン。
見たことも聞いたこともないワインは、値段を見てさらにビックリである。


「あの…俺は…」

名も知らぬ高級ワインを飲んでみたい誘惑に駆られながら、政宗は言葉を濁す。


この場で酒を断るなんて、気を悪くされるだろうか。
けれど、こんな緊張状態で見知らぬ酒など飲んだら、絶対何かおかしい事をやらかすような気がする。

いつまで経っても決断できず、メニューを持ったままもたもたしていると、辺りに聞こえないような小声で先生が話し掛けてきた。


「もしかして、伊達君は酒が弱いのか?」

「なんで知ってるんですか?」

「焼き鳥屋の時も、余り飲んでないのに顔が真っ赤だったろ」

「実は…好きなんですけど、どうにも体に合わないみたいで…」

政宗は、決まり悪そうに首の後ろに手を当てた。


飲むと言う行為も酒の味も大好きなのだが、政宗自身は余程酒に嫌われているらしく、笑えるくらいすぐに酔う。

ビールなら350ml.の缶一本。女子が好むような甘くて弱いカクテルでも、2,3杯飲めば顔も体も真っ赤になり、それ以上飲むと暴れる、泣く、その場で寝るなどの迷惑行為に走るのだ。

ゆえに、仲間内の飲み会でも政宗は監視対象にされていて、それでも飲みすぎた時は、面倒見の良い長曽我部の世話になっている。



「折角なのにすいません」

「謝らなくて良いよ。それじゃアルコール低めのスパークリングワインを頼むから、一杯だけ乾杯しよう」

「はい。……って言うか先生。俺と乾杯なんてして良いの?」

「久しぶりなんだ。乾杯くらいしても良いだろ」

「でもさ、ホントは俺に会うの嫌じゃなかった?もう会わない約束だったのに、あんな形で会っちまってさ」

流れに任せて一番気になっていた事を聞くと、政宗は子供の頃のように両膝をギュッと握った。


「…日曜も全然喋ってくれなかったし、今日だってオッサンに言われて仕方なく来てくれたんだろ」

「伊達君、俺はそんなつもりじゃ」

「良いんだ。俺つい浮かれちゃって……ごめんなさい」

先生と目を合わせるのが怖くて、綺麗にセッティングされたシルバーに視線を落とす。

なにもかも、場違いで間違いだ。
やはり帰ろうか、政宗が席を立ちかけた時である。



「会いたくなかったなんて、そんな訳ないだろう!」



ずっと冷静だった片倉先生が、少し怒ったように声を荒げた。
余りの迫力に、政宗はビクリと身を縮める。

「俺はあの日、忘れないと言った筈だ。あんな事があった手前、いつだってどうしているか気になってた」

「先生…」

「あの小学校のある町から、何百キロも離れた場所で8年ぶりに会ったんだぞ。びっくりして口くらい利けなくなるよ」

フゥと息を吐き出し、片倉先生は眉間を押さえた。

この人もまた、自分と同じように気持ちの整理が出来ていないのかもしれない。
そう考えると、まるで憑き物が落ちたように心が軽くなる。

「俺、てっきり怒られるかと思った」

「怒るもんか、嬉しかったよ。元気そうで本当に安心した」

「先生の顔、スゲー恐かったし」

「そう言う顔なんだ。知ってるだろ?」


お陰で結構苦労してるんだと、片倉先生は笑った。

あの日と何も変わらない柔らかな笑顔に、政宗はつられて笑みを浮かべた。



しかし、喜び合うのも束の間。
二人が再会してしまった以上、1つだけどうしても避けられない問題もある。

例の夢と「政宗様」の事だ。

「伊達君」

「分かってる」

乾杯から間もなく、グラスの向こうから送られる視線の意味を読み取ると、政宗は静かに頷いた。


「俺と伊達君が近づくと、またあの夢が始まるかもしれない」


「俺もそれについては考えた。でも先生、俺ももう二十歳だよ。あの頃みたいにガキじゃない」

「………」

「自分自身の事だし、今度はしっかり受け入れたいと思ってる」

もし、もしも万が一迷惑と思われていなかったら、少しでも再会を喜んでもらえたら、こう話そう。

ずっと考えていた想いを一気に口に出し、政宗はドキドキしながら浅い呼吸を繰り返す。


だって先生と「小十郎」が最も不安視していたのは、自分の幼さではないか。
確かに当時の混乱具合を考えれば、その判断は正しかったのかもしれない。

でも今は…


「俺は大丈夫。いつまでもガキ扱いしないでくれよ」

だからもう、二度と居なくならないで。

言いかけた最後の言葉を飲み込み、片倉先生をじっと見る。

「先生」

「……分かった。伊達君がそれで良いのなら」

「本当に!」

「ただしあの夢がまた君を苦しませる事があれば、すぐに相談して欲しい」

思案する間など、一秒もない。
政宗は即座に返事をすると、ホッと胸を撫で下ろした。





こうしてわだかまりが解け、唯一の心配事にも着地点が見えると、二人の距離はあっという間に近づいた。

難しい名前の料理を口に運びながら、初めて聞く話題に感嘆の声を漏らし、懐かしい思い出話に花が咲く。

片倉先生は花壇で会っていたときと変わらず、政宗の事を聞きたがった。
政宗も期待に応えるように、空白の8年の話をした。



楽しくて嬉しくて、瞬きをする間さえ惜しい。

こんな気持ちは何年ぶりだろう。






「今日はご馳走さまでした」

「今夜は松永部長の奢りだそうだから、後でよろしく伝えておくよ」

「はい」

食事を終えて店を出る頃には、時計は9時を少し回っていた。

閑静な住宅地を抜け、ガーデンプレイスの真下にある広場を抜けると、間もなく駅が見えてくる。

二人の自宅は丁度正反対の位置にあるため、改札を潜ったらお別れだ。
政宗は駅のロータリーに続く道を歩きながら、何か言いたげに先生の顔を見上げる。


「先生…あのっ」

今度はいつ会える?

だか、気恥ずかしくて言い出せないでいると、突然片倉先生の携帯が着信音を発した。



「はい片倉です。…ええ、それなら私のパソコンにファイルがありますが…。分かりました。いえ、では少々お待ちください」

どうやら会社からの電話らしい。

結構飲んでいる筈なのに、酔っている素振り一つ見せない先生はやはり格好良い。
政宗は羨望の眼差しを向けながら、彼の姿を見守った。


「これから会社に戻るんですか?」

「松永部長が明日の会議に使いたいリストがあるそうだ。俺はこの通りでタクシー捕まえるけど…」

「じゃあここで」

「ああ、気を付けて」


先生が手を挙げると、間もなく薄緑色のタクシーが近づいてくる。
政宗は何となく離れ難い思いから傍に立っていたが、突然あっと声を出し、ズボンのポケットから名刺サイズのカードを取り出した。


「伊達君、それじゃ……」

「先生!ここ俺のバイト先!週4は店に出てるから、時間あったら来てよ」

「…remembrance?」

「一応見習いバーテンしてるんだ。飲むのは苦手だけど、作るのは得意だよ」

タクシーに乗り込む先生に店のカードを渡し、捲し立てるように喋る。
先生はカードを胸ポケットにしまうと、凄いなと言って微笑んだ。



「必ず行くよ」

「待ってる。またね」

目の前でバタンとドアが閉まり、先生を乗せた車が走り出す。
政宗は歩道へと一歩退がり、そっと手を振った。





「行っちゃった…」


あの人を見送るのは、やっぱり苦手だ。


政宗はタクシーが見えなくなっても、しばらくそこを動けずに、消えたテールランプの影を追っていた。








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