* 本文(現代転生) *

□say cheese!
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2015年3月13日金曜日、政宗は六本木のとあるホテルのロビーに居た。

先週、高校を無事卒業し、大学入学までの休みを利用して上京していた弟の小次郎に呼び出され、待ち合わせをしていたのだ。

「小次郎のやつ遅せぇな」

父の転勤で移り住んだ地方の高校に進み、そのまま地元の国立に行くことになった弟は、たまの都会を満喫しているのか、待ち合わせの時間を大幅に遅れても現れない。

政宗は小次郎に早くしろ(-_-)とlineを入れると、モダンで洗練されたデザインのロビーを見回した。

小次郎が分かりやすいからと、このホテルを指定されたが、もっと違う場所でも良かったのに。

やはりこう言う雰囲気に似合うのは、片倉先生のような人だと思いながら辺りをキョロキョロしていると、冗談みたいな奇跡が起きた。



それは、政宗がトイレに行って戻ってきた時の事である。

lineすら返さない小次郎に電話しようと大理石の柱の影で立ち止まっていると、目の前を良く知った男が歩いていった。

「あれ?」

男は、間違いなく片倉小十郎だった。

定時は過ぎているから、会社帰りだろうが、六本木で何をしているのだろうか。

とは言え、こんな場所で偶然会うなんて、二人の縁はやはり運命的だ。

声を掛けるくらいなら良いよな。

政宗は子供が悪戯するような気持ちで先生の後をこっそりついて行ったが、そんなワクワクはすぐに立ち消えた。

先生は、ラウンジの窓際に座る女性に向かって手を振った。
相手の女性は、先生と同じような年頃で、長身のモデルみたいな美人だった。

二人は親しげに笑顔を浮かべると、ラウンジでコーヒーを飲みながら、何やら話し始めた。
会話が弾んでるらしく、時折女性の笑い声が、政宗のいる場所まで聞こえてくる。

「仕事の相手かな?」

それにしては、仲が良さそうだ。

まさか。
でも、もしかして...。

政宗が嫌な予感に胸をざわつかせていると、後ろからワッと小次郎がやって来た。

「遅れてごめん!いやーやっぱり都会は買い物し甲斐があるね」

「………」

「兄ちゃん何見てんの?え!ちょっとアレって、小学校の時に教生で来てた片倉先生だよね!嘘、すっごい偶然じゃない?」

政宗の真剣な視線を追った小次郎は、すぐに片倉先生に気がついた。

たった二週間とは言え、片倉先生は小次郎のクラスに居たのだから、覚えているのも自然だが、まさかその先生と兄が前世からの恋人で、現在絶賛お付き合い中であるとは思いもしないだろう。

「わー!懐かしい。先生も東京にいたんだ。ね、折角だし挨拶しにいこうよ」

「い、良いよ俺は。邪魔しちゃ悪いだろ」

「ちょっとくらいなら迷惑になんないって」

いや、迷惑と言うより超気まずいのだよ、 俺が。

絶対普通に話せない。
あからさまにおかしい態度を取ってしまう。

お前も兄貴の修羅場なんて見たくないだろう。

「しっかし、あのお姉さん綺麗だなぁ!彼女かなぁ?ね、どう思う?」

どうもこうも、こっちはハラハラドキドキ過ぎて、内臓が飛び出しそうだよ。

もしこれが本当に浮気的なアレで、 アタシ小十郎の彼女でーす!なんて言われた日には、白目をむいて倒れるぞマジで。


はっきりさせるには気軽に声でも掛ければ良いのだろうが、そうしたら、先生は自分をなんて紹介するんだろう。

教生先で出会った子?行きつけのバーのバーテン?絶対本当の事なんて言えないだろうし…。

考えていると段々悲しくなってきて、政宗は無意識のうちに小次郎のシャツを掴んでいた。

「兄ちゃん?」

「俺達の事なんてもう覚えてないよ。それよりもうメシ行こうぜ」

「...まぁ、確かにあれから8年だもんね。忘れらてる可能性のが高いか」

政宗の言葉に引きずられるように、小次郎も消極的になる。

「変に声掛けて誰?って言われたら寂しいしな」

と言うと、ホテルの出口に向かって歩きだした。



政宗は弟に申し訳ないと思いながらも、先生と女性の動向が気になって仕方ない。

横目でちらちらと二人を見ていると、先生と女性はラウンジを出て、エレベーターホールから上りのエレベーターへと乗り込んだ。

大切な人を信じなくてはとは思うものの、連れだって歩く二人はとてもお似合いだったから、つい良くない妄想ばかりが浮かぶ。

あの人は、一体誰なんだろう。

政宗の心は、不安で押し潰されそうだった。












「政宗、どうかしたのか?」

「別に……」

明くる日の3月14日土曜日。

政宗は中目黒にある片倉小十郎宅で、ビーフシチューの鍋をかき混ぜていた。

しかし、その表情はすこぶる暗く、時折物憂げに目を泳がせたかと思えば、肩を落として溜め息を吐く。

話し掛けても反応は鈍いし、今日は一度も笑った顔を見ていない。


「具合悪いなら、続きは俺がやるから」

「大丈夫だよ」

「だけど...」

「ホントに平気だから」

片倉は当然心配したが、政宗は大丈夫と平気を繰り返し、相変わらずの調子で料理を続ける。

思えば夕方ここに来た時から、政宗は少し変だった。

自宅で会う時は、暇があると抱きついてきたり、じゃれてみたり、そのまま色んな所で色んな事をしたりするのだが、今日は部屋に上がるなりすぐキッチンで料理を始め、必要最低限の会話しかしようとしない。

昨日は弟と会うと言っていたから、彼は元気だったかと聞いたら、一瞬だが凄く睨まれた。


具合が悪いのでなければ、機嫌が悪い?
何か政宗を怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。

取り込んだ洗濯物を畳みながら、片倉はあれこれ原因を考えた。


忙しさにかまけて、此処のところに余り店に行けなかったのがいけなかったのか。

それとも、枕からお父さんみたいな苦い臭いがしてくるとか、お前の髪型って昭和で止まってるよなとか、ジェネレーションギャップ的な不満が蓄積されたのだろうか。


「ま、まさか」

政宗がとうとうあの秘密に気付いたのでは...。

自分のパンツを持ったまま表情を強ばらせていると、トマトを切っていた政宗が、ダンと包丁を叩き付け、「だめだ」と呟いた。


「政宗?どうし...」

「先生。あの…お話があります!」

「あっ、あぁ」

早足で片倉の前にやって来た政宗は、酷く神妙な顔で正座する。

「そんな改まって話って…」

「俺の誤解かもしれないけど、その…俺に言えないヒミツとかってない?」

「ヒミツ?……そんなものは…ない」

しかし、人間後ろめたい事があると、どこかに綻びが出るものだ。

そしてそんな時に限って、相手の勘は冴えている。

「嘘つき」

片倉の嘘に気付いた政宗は、悲しそうに俯いた。

「あんな事した上に、嘘までつくなんて酷い!」

ソファーの上に置いた荷物を取ると、政宗は立ち上がって帰りの支度を始める。

「待て!悪気はなかったんだ!最初はほんの出来心で、でもその内のめり込んでしまって…」

「なっ…まさかの常習犯かよっ!」

「済まなかった。隠しておけば済むなんて、思ってた俺がバカだった」


慎重に慎重を重ねていた筈なのに、どうしてバレたかは分からないが、こうなった以上仕方ない。

片倉は真実を話そうと腹を括り、政宗をソファーに座らせた。


「…いつからだよ」

「年が明けてすぐくらいだった。一度のつもりが癖になってしまって」

「年明けって、俺達付き合ったばっかりの頃じゃねぇか。なんだそれ、信じられない」

「確かに俺は卑怯な真似をした。でも、そんなに嫌なら消去するから!」

「消去って、のめり込むほど夢中な女なんだろ!そんな簡単に言うなよ!」

「…は?女?」

今にも土下座せんばかりの勢いだった片倉が、はたと動きを止める。

「お前は何を言ってるんだ?」

「今更惚けるつもりか?昨日の夕方、六本木のホテルで女と会ってたろ?俺、見てたんだからな」

「あそこに居たのか?なら声掛けてくれれば良かったのに」

「声掛けろって、どんなプレイだよ!このドS!俺をいたぶるのがそんなに楽しいのか?」

「いや、だから…」

どうやら、政宗と自分の話は大きくずれているようだが、ちゃんと説明しようと思っても、興奮しきった政宗は、キィキィ怒って話にならない。

早く誤解を解かなければ、数分後に
は勘違いから別れ話をされそうだ。

考えあぐねた片倉は、テレビボードの引き出しから白い封筒を取り出すと、政宗にそれを差し出した。

「何これ」

「一応、ホワイトデーのお返し。政宗ここに行ってみたいって言ってたろ」

封筒の中には、旅行のチケットと宿のパンフレットが入っていた。

実は先日、二人で旅番組を観ていたとき、政宗が「いいなぁ〜」といたく気に入っていた旅館があったのでそこを予約しようとしたのだが、人気のため、来年まで予約が取れない状況だったのだ。

「仕方ないから諦めようとしたんだが、大学の同期が旅行会社にいたのを思い出して、ダメ元で聞いてみたんだ」

「え…じゃあ」

「昨日、5月の二週目にキャンセル分の空き枠が出たと連絡が来てな。彼女、雑賀と言うんだが、勤め先の近くまで受け取りに行ったんだよ」

「でも、エレベーターで上がってったろ」

「骨を折って貰ったお礼に、上のレストランで食事をご馳走しただけ。仕事が残ってたから、俺はまた会社に戻って仕事してた」

何なら証拠にタイムカード見せようか?

そう言うと、政宗はようやく我を取り戻したのか、封筒を掴んで所作なげに肩を狭める。

「ホントに勘違い?俺っ…ご、ごめんなさい」

「一緒に旅行行ってくれるなら許す」

「…うん。一緒に…行きたい」

居たたまれない感じで上目遣いに話す政宗は、堪らなく可愛かった。

おまけに誤解だが、初ヤキモチ。

これが世に言うツンデレと言うヤツなのだろうか。ならば、この胸がムズムズするくすぐったい感覚が「萌え」か。

生まれて初めて味わう感覚に、片倉は小動物をモフるように政宗を抱き締めた。

しかし、その時。

「そう言えばさ。昨日の事が旅行の話なら、さっきの消去するって何?」

と、政宗が言い出した。

「あ…えっと…」

「先生は、年明けから何にのめり込んで癖になってたんだよ?」

「その件につきましては、弊社の機密事項でありまして、一般への情報開示は難しく…」

「黙れ。ビーフシチューの肉だけ抜くぞ」

「分かった白状する」

ただし、引くなよ。

片倉はそう前置くと、自分のノートパソコンを立ち上げ、あるファイルを開いた。

それを見た途端、政宗は言葉を失い、とてもリアクションに困っているようだった。

「な…何だよこの"政宗kawaiiコレクション"て。どうして俺の寝顔ばっか撮ってんだよ」

「だから言ったろ。最初は出来心だったけど、のめり込んだって」

「それにしたってさぁ…」

政宗が呆然とするのも無理はない。

片倉が年明け辺りからコツコツ撮り続けた政宗の寝顔の写真は、ゆうに1000枚を越えていたのだ。

「わっ!この写真なんかヨダレ垂れてんじゃん!」

「こっちのは目を開いたまま寝てるんだぞ。どうだ、可愛いだろう」

「可愛くねーよ!もうっ、何でこんな写真ばっか撮ってんだよ」

「それは…」

理由を聞かれ、片倉は恥ずかしそうに目を逸らす。

「先生!」

「本当は政宗の写真が欲しかったんだが照れ臭くて…。試しに寝顔を
撮ったら、それはそれで有りだと」

政宗に言った通り、最初は本当に軽い気持ちだった。

仕事が忙しくて余り会えない時や、出張が多いとき、寂しさを紛らわす為に写真の一枚でもあれば…と思いやってしまったのだが、一枚手に入れるともう一枚。

それからヤダ超かわいいと欲望はエスカレートし、デジカメまで新調してしまった。

「ちなみにそれがこのカメラだ」

「ライカ?俺の寝顔撮るのにライカ?幾らすんだよ」

「いい作品を撮るには、道具だって重要だろ?」

「だから寝顔に絶妙なピンボケ具合を再現してもしょうがないだろ。もうっ」

何だか良く分からないが、政宗は少し呆れているらしい。

きっと、もう寝顔写真も撮らせて貰えなくなるに違いない。

片倉がライカを持ったまましょんぼりしていると、政宗はそっと手に触れ

「そんなに撮りたきゃ、今撮ればいーじゃん」

と言って、頬を赤らめる。

「良いのか?」

「別に減るもんじゃないし。ヨダレ垂らした写真撮られるよりよっぽマシだし」

「じゃあ、是非一枚」

「う、うん」

片倉がカメラを構えると、政宗はサッと髪を整え、はにかんだように笑った。





―――後日


「ねぇ、先生」

「何だ?」

「俺は確かに写真撮って良いとは言ったよ。でもさ、A2版に引き伸ばして額に入れて良いとは言ってない」

「こんなに良く撮れたのに、八つ切りじゃ勿体無いじゃないか」

全く政宗は分かってないと文句を言いながら、先生は届いたばかりの箱から、妙な物を続々出してきた。

例の写真を使ったカレンダー、マグカップ、最後にTシャツまで出てきた時には、政宗はギャアッと叫んでいた。

「アンタ何てモン作ってんだよ!俺の顔がこんなに…ちょっ、キモいんだけど」

「マグカップは自宅用で、Tシャツは出張用だ。良くできてるだろ?」

「ダメっ!頼むから止めてくれよ!」

「折角作ったのに…」

二十歳の男を可愛いと連呼する、先生の価値観はどこかおかしい。

けれど、本人がかなり本気だと言う事だけはひしひしと伝わるから、いつの間にか毒気を抜かれてしまうのだ。


「…ったく、他所のヤツには見せないようにしてよ」

政宗が最大限の譲歩を見せると、先生は政宗をギュウッと抱き締める。


「写真も良いけど、生の政宗が一番可愛いな!」


先生…。
やっぱり、アンタはちょっと変だ。


くすぐったい気持ちでいっぱいになりながら、政宗は近づく唇を素直に受け止めた。








[End]



今更ホワイトデー、しかも先生が段段酷い壊れかたをしてスイマセン(-_-;)
何だかんだで、とってもラブラブな二人なんですが、寝顔にライカ(数十万)ってね。やっぱり、片倉先生はちょっと変ですね(笑)

機会がありましたら、旅行に行った二人も書いてみたいなと思いつつ、なかなか更新が追い付かない私でした(((・・;)

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