* 本文(現代転生) *

□remember you
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咽せかえる火薬の匂いと、沢山の人の叫び声。
金属の激しくぶつかり合う音の間に聞こえる誰かの声。

「政宗様、ご無事でございますか!」

ああ、問題ない。お前が俺の背中を護っている限りは。

でも変だな。
お前の存在を感じるだけでこんなに安心するのに、顔も名前も思い出せない。

お前は一体誰なんだ?

そして俺は…








カーテンの隙間から、朝日が零れる。
外のベランダでは小鳥がさえずり、やがてどこかに飛び立っていった。

「兄ちゃん、もう起きる時間だよ」

小次郎は、目覚ましを止めるとすぐに二段ベッドの下から顔をだし、未だ布団に包まったままの兄に声を掛ける。

「うーん、まだ眠い」

「良いから早く!」

眠たがる兄を余所目に、小次郎はあっという間に着替えを済ませ、政宗の布団を引っ張った。

「早くしないと、母さんに叱られるよ」

「分かってるよ」

でも眠い。
重たい頭と体を引き摺りながらベッドの階段を降りると、政宗は面倒くさそうに着替えを始めた。

もともと朝は苦手な政宗ではあったが、ここ一週間ほどは特に起きるのが辛い。
やけに頭が重たくて、しっかり寝ているのに体が怠いのだ。

別に風邪を引いたわけではないし、他に具合が悪い所もない。

ただ一つ、このところの不調の原因を考えると、つい一週間ほど前から見るようになった変な夢が気にかかる。



その夢の中で、政宗は大人になっていて、「政宗様」と呼ばれていた。

舞台は多分、戦国時代あたりだろう。歴史の資料集に出てきた絵と良く似た光景だった。

「政宗様」は6本の刀を携え、数多の敵を打ち倒し、例え不利な状況でも諦めずに切り抜ける。
夢の中の自分はとてもタフで、ビックリするくらい強かった。


しかし、その強さを支える「誰か」が居るからこそ、存分に力を奮えていたような気がする。

「政宗様」

優しくて、心地よい声。
大きくて、とても逞しい背中。

自分の身体の一部のように大切な人だった筈なのに、そんな事しか思い出せない。

だからだろうか。
目覚めると妙に寂しくて、大切なものを無くしたような気持ちに襲われるのは。



「…ちゃん、兄ちゃんってば!またボケッとして〜」

顔を覗き込む小次郎が、政宗の額をピンと弾く。

「痛ってーな!何すんだよ!」

「ボケッとしてるのが悪いんだろ」

「このっ、弟のクセに!」

生意気だと拳を振り上げて、政宗は小十郎を羽交い締めにする。そのままギュウと締め上げると、小次郎はギブギブ!と言って手足をバタつかせた。

「どうだ参ったか」

「もー暴力的なんだから!大体さ、こんなことしてて良いの?」

「えっ」

「そろそろ出掛けないと片倉先生に会えないよ。兄ちゃん毎日少し早く出て、花壇の辺りで教生の片倉先生と話してたろ」

「おまっ…何でそれを」

「何でって、後ろから見てたし」


しれっと言い放つ小十郎に、政宗の顔が赤くなる。

まさか見られていたとは。

悪いことをしているわけでもないのに、心臓がドクドクと鼓動を早めた。



小十郎が「片倉先生」と呼んだのは、先週から政宗達の小学校に来ている教育実習生の一人である。

彼らはまだ大学の四回生なのだが、教員の資格取得のため、5月の終りから二週間、現場での研修をしている。
言わば仮の「先生」なのだ。


今年は男女合わせて5人の教生がきた。
指導役の教師に従い教生は各クラスに振り分けられるのだが、片倉小十郎は、政宗の弟である伊達小次郎のクラスに配属されている。


「僕なら、兄ちゃんのクラスのかすが先生のが良いなぁ〜。オッパイ大きいし」

ませた小次郎は、宙に二つの弧を描き、ニヤ〜っと笑った。

政宗はそんな弟をバカなヤツだと思ったが、まあ男子ならそれは最もな感想なのだろうとも思った。


何故なら、片倉小十郎は顔が怖い。
ついでに体もゴツくて、かなりの威圧感があるのだ。


付いたあだ名は、見た目そのまま「ヤクザ」。

昔は不良だったとか、実家は堅気ではないとか、子供たちは根も葉もない噂を立てては、片倉を見るたび少し緊張している。


しかし、政宗だけは知っているのだ。

強面の片倉が、毎朝頼まれもしないのに、甲斐甲斐しく花壇の世話をしている事を。
そして、とても優しい顔で植物に笑いかけることを。



「って、ボンヤリしてる場合じゃねぇ!」


目覚まし時計をチラリと見て、政宗は途端に慌て出す。

「だから言ったじゃん」

小十郎が呆れたように呟いた。






それから政宗は素晴らしいスピードで身支度を終えると、飲み込むように朝食を食べ、自宅マンションを飛び出した。

自宅から学校までは、ゆっくり歩いて15分。
だが、気持ちに従うように、足が勝手に走り出す。


早く会いたい。
一分一秒でも早く……。

上手く説明するのは難しいのだが、自分の中にいるもう一人の「自分」が、そう願っているような気がするのだ。





校門に近づくと、政宗は足を止め、乱れた息を整えた。
ゆっくり吸って吐き出しつつ、中庭にある花壇に向かう。

「ふぅ………」

また心臓がドキドキしてきた。

だけど、花壇に見慣れた人影を見付けると、それは嬉しいドキドキに変わるから不思議だ。


「お、お、おはようございます!片倉先生!」

顔を赤らめながら、ぎこちなく挨拶をすると。

「やあ、おはようございます。」

土を弄る手を止めて、片倉が微笑む。

今日は植え替えをしていたのか、新しい花の種が足元に置いてある。片倉はシャツの袖を捲り上げ、汗ばむのも構わずに土に肥料を加えていた。


変わらないな。


ふとそんな事を口に出しそうになり、政宗はハッとする。

「どうかしましたか?伊達君」

「…なんでもないです」

変わるもなにも、片倉とは先週の木曜にたまたまこの花壇で出逢い、話すようになっただけの間柄である。

昔から知ってるような言葉が浮かぶなんておかしいじゃないか。



政宗は頭をブンブン振って、訳のわからない声を振り切った。


「あの、今日は…種を蒔くんですか?」

「今これを蒔いておくと、秋に咲くんですよ」

コスモスと矢車草の種を取りだすと、片倉は政宗の掌にそれを乗せる。

「手伝って貰えますか?」

「はい!」

「あ、でも。今日は時間が足りないかな」

「じゃあ明日、明日は俺もっと早く来ます!」

「伊達君は早起き苦手でしょう?大丈夫ですか?」

「頑張ります!頑張って朝5時くらいに…って、それじゃ早すぎか」

気合いを空回りさせる政宗が可笑しかったらしく、思わず片倉が笑い出す。
それを見た政宗は、とても嬉しくなって一緒に笑った。



「それじゃ、また明日」


片倉に別れを告げ、政宗は自分の教室に向かった。
明日の約束を思い出すと、階段を登る足取りさえ軽く感じる。



片倉先生が恐いなんて、とんでもない誤解だ。

先生は優しく笑う。
先生の横顔はいつも穏やかで、壊れ物に触れるように植物を扱う。


「あれ、でも」


跳ぶように階段を踏みしめた足が、はたと止まる。



「先生は何で俺が早起き苦手だって知ってたんだろ?」


そんな話したっけ?
小次郎が告げ口したのかな?


しかし、間もなく友達から声を掛けられ、考え事をする余裕などなくってしまった。


昨日のテレビやゲームの話をしながら、政宗はガヤガヤとした教室に入る。

担任の机の横で書き物をしているかすが先生は、今日もスゴい乳をしていた。
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