* 本文(現代転生) *
□remembrance
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青天の霹靂と言う故事があるが、とかく人生とは、一寸先に何が潜んでいるか分からない。
青空に突然激しい雷雨が巻き起こるごとく、諦めきった筈の"再会"が訪れたりするのだ。
8年ぶりに再会した「あの人」は、左手にフォークを三本持って硬直していた。
廊下には未練たらたらな洋楽が流れ、固まる二人の間で事情を知らない親子は、何事かと不思議そうに顔を見合わせる。
俺の頭は事態に付いていくことが出来ず、雷に撃ち抜かれたように真っ白だった。
「政宗。おい、まーさーむーね!」
「んー」
「もう授業終ってるぜ。どうしたんだよ一体」
長曽我部が大きな声を上げながら、教室の段差を登ってくる。
既に一時限目は終り、教室に残っている者は二人を除いて誰もいない。
大学に入ってからすっかりロックにはまった長曽我部は、普段は教室より軽音楽部の部室に居る事の方が多いのだが、課題の提出があったせいか、珍しく朝イチの講義に出ていたようだ。
「お前視点が合ってなかったぞ。弱い癖にまた飲み過ぎたのか?」
「飲み過ぎてはいない。ウーロンハイ一杯だけだから。それよりさ…」
「ん?」
「俺……会っちまった…んだ」
目を伏せながら、政宗の声がどんどん小さくなる。
長曽我部が耳を近づけて、は?と聞き直すと
「俺、昨日片倉先生に会ったんだ」
政宗は更に声を潜め、告白した。
「嘘だろ!マジか!信じられねーんだけど!」
「俺だって信じられないけど」
「うわー!鳥肌立ったぜ俺。これでドッキリとか言われたら、マジで死ぬ」
「ドッキリじゃねーよ」
「ヤバイ。超話聞きたい!お前2コマ目は空きだろ?コーヒー奢るから行こうぜ」
長曽我部は昨日と同じように目を輝かせ、政宗の手を掴む。
折しも教室には、次の講義を受ける生徒たちが入って来ているし、このままここには居られない。
政宗はテキストと筆記用具をリュックの中に放り込むと、促されるまま彼の後を付いて行った。
「じゃあ早速聞かせて貰いましょうか」
図書館近くにあるカフェテラスの席を陣取り、長曽我部はワクワクしながらタバコに火を点ける。
政宗は買って貰ったテイクアウトの紙コップを握りしめ、どこから話すべきかをあれこれ考えていたが、上手く頭が動かない。
「早く早く!なんかさ、打ち切りされた連載の続編読むみたいな気分だな」
野次馬と言う存在は、どこにいても能天気なものである。
結局政宗は長曽我部に急かされるまま、「昨日の出来事」を話した。
引っ越してきた隣人の手伝いに、片倉先生が来ていたこと。
先生は松永父の開けたドアに吹っ飛ばされ、箱の中身を散乱させながら尻餅を着いていたこと。
そして
「えー!再会したその日に飲みに行ったのか?」
「二人でじゃなくて、松永父と息子と四人で近所の焼き鳥屋に行ったんだよ。俺は何回も断ったんだぜ?」
「でも行ったんだろ」
「それはあのオッサンがスゲー強引で、何を言っても通じないから…」
冷めかけたコーヒーをズズッと吸い、政宗は深いため息をついた。
あの日、先生と呟いた政宗の言葉を聞いた松永父は、すぐさま片倉先生にどう言うことかと事情を聞いた。
先生が政宗を教生の時の生徒だったと話すと、松永父は途端に「それは素晴らしい!」と大声をあげ、当人達より喜んだ。
そして散らばった荷物を箱に投げ込むと、突然何かを思い付いたように、「この素晴らしい再会を祝して飲みに行こう」と提案してきたのだ。
もちろん政宗は丁重に断った。
初対面の松永親子と飲みに行くのも気が引けるし、何より自分の気持ちをどう整理して良いかが分からない。
会いたくて堪らなかった人に会ってしまった。
しかも、今こんなに近くに…むしろ目の前に居る。
混乱しない筈がないだろう。
だが松永父はいかんせん人の話を聞かないタイプらしく、蕎麦のパックを押し付けると、五時に迎えに来ると強引に約束を取り付け、五時ぴったりに激しいピンポン連打をしてきた。
「なんか自由なオッサンだな」
「悪い人じゃないんだけど、あの後も飛ばしてたぜ。酒が入ったら更に語りまで始まってよ」
「あー、うちの親戚にもそーゆータイプいるわ 」
政宗が松永父の語り口調を真似ると、余程思い当たる節があるのか、長曽我部が我が事のように頷く。
どこの家でも、酔っ払いとオジサンと言う取り合わせは厄介なものらしい。
「それでさ。名刺も貰ったんだよ」
「どれどれ…。げっ!千石商事って、あの?」
「うん。オッサンは本社の何か小難しい部署の部長なんだって」
「じゃあ片倉先生も」
「同じ部署で主任してるらしい」
「それはそれは…」
社名を聞いて長曽我部は言葉を失ったが、それも無理はない。
松永と片倉先生の勤める千石商事は、規模の大きさと知名度の高さ以上に、先進的な経営スタイルで有名な会社である。
当然就活に励む学生からの人気も高く、経済紙の就職希望ランキングでも上位を占めているのだ。
しかし政宗は、会社には興味がないと言わんばかりに名刺を手で避けると、ずいと身を乗り出した。
「それでな。こっからが本題なんだが」
「なに?まだあるのか」
「松永のオッサンのごり押しで、先生とケー番の交換をした。そしてなんと!」
「なんと」
「今週末、先生と二人でメシに行くことになっちまったんだよっ!どうしよう元親ぁぁっ!!」
両腕をテーブルについたまま、政宗はわぁっと突っ伏した。
穏やかな日差しの差し込むカフェテラスに不似合いな叫びに、側を歩く学生が思わず振り返る。
「落ち着けよ政宗。たかがメシだろ」
「だって何話したら良いんだよ。もう会わない方が良いっていわれてんのに…」
もうダメだ。終わりだ。
再び萎んだ政宗は、少し泣きそうだった。
ちなみに、もう説明する必要もないだろうが、会食のセッティングも松永父の差し金である。
「せっかくの再会を無駄にしてはいけないよ。人生は一期一会なのだから」
真っ赤な顔で力説する中年男性は、焼酎のお湯割りを片手に先生の肩を叩き、無理矢理電話番号を交換させた上に、年季の入ったセカンドバッグからガラケーを出し、どこかに電話をし始まった。
「どこに電話したんだよ?」
「恵比須のフレンチレストランだって。しかもその場で予約取りやがったんだぜ」
見かねた息子に止められても、良いから良いから。
政宗がその日はバイトだからと言っても、良いから良いから。
まったくお話にならない。
対する片倉先生は、そんな上司に慣れきっているのだろう、事務的なほど淡々と対応していた。
「やっぱ迷惑だったかな」
「嫌なら行かないだろ」
「上司の手前仕方なくOKしただけかもしれねーじゃん。だって先生、ちっとも楽しくなさそうだったしよ」
思い出す限り、昨夜の片倉先生は一度も笑っていなかった。
口数も少なくて、簡単な会話を幾つかしただけだ。
「政宗の気持ちは分かるけど、そこは会えただけでも良しとするしかねーじゃん?」
「そうだよな。うん…欲張っちゃいけないよな」
自分に言い聞かせるように言うと、政宗は残りのコーヒーを飲み干した。
長曽我部は二本目のタバコをくわえ、隣の椅子に立て掛けてあったケースからギターを出す。
「何すんだよ」
「お前の話聞いてたら、一曲書けそうな気がしてきた。そうだな…ウジウジした感じのミディアムなナンバーとかどうだろう」
適当にコードを押さえながら、ドクロマークのピックが弦を弾く。
「ウジウジしてて悪かったな!」
しかし、何も言い返せないから悔しい。
覚えていてくれさえすれば良いと思っていたのに、いざ会えたら、もっともっとと望んでしまう。
あの日の話をしたい。
笑った顔が見てみたい。
罪深いほど強欲だ。
「元親ぁ、俺ってワガママで欲張りかなぁ」
「ははっ、自分のこと良くわかってんじゃん。あと気が強くて威張りん坊…痛ぇっ!」
「クソッ、好き勝手言いやがって」
調子外れのギターを鳴らす銀髪に、丸めた紙コップを投げつけ、タバコを一本掠め盗る。
ふかして吐いただけの煙は、ゆらゆら空に消えていった。