*本 文 *

□そろそろ、恋を始めよう
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今夜は特に冷える。



風呂を終えた小十郎は、冷たい廊下を歩きながら、降り積もる雪の音に耳を澄ませた。

数年前まではこうして雪が降ると、寒がりで寂しがりの主が布団に潜り込んで来たものだ。

明かりも持たず、薄っすらとした雪明かりだけを頼りに、あの方はどんな気持ちでこの廊下を歩んだのだろう。

まだ幼さを留めた政宗の姿を思い出し、小十郎はしみじみと昔を懐かしんだ。

あの頃の彼は、まだ少し泣き虫で、負けず嫌いなのに強気になりきれず、どこかしら他人との距離感を推し量るような所があった。



しかし、今はどうだ。


「Hey、小十郎。おそかったじゃねーか!」


立派に成長したと思ったら、人の留守に忍んで来ては、勝手に布団の中で待つような人間になってしまった。

「政宗様、またですか」

小十郎は眉間に皺を寄せると、ピシャリと手荒く障子を閉めた。


「貴方と言う方は、いい加減になされませ」

「主人自ら布団を温めてやったのに、随分冷てぇ言い草だな」

「ですから!そう言う真似自体をお止めくださいと申し上げているでしょう。そもそも家督を継がれた以上これまでの様には…」

「Shat up!うるせーな。俺がどうしようと俺の勝手だ」

小言を言われた政宗は、いつしか小十郎と同じ様な表情になり、フンとそっぽを向いた。

「大体、小十郎が悪いんじゃねーか」

「小十郎が?どうしてです」

「俺がこんなにmotionかけて夜這いに来てるって言うのに、お前は怒ってばっかりだ」

「布団で堂々と待ってる夜這いなんて聞いたことありませんよ」

「忍んだら忍んだで怒る癖に!」

政宗はカッとして枕を投げたが、小十郎は見事にキャッチして、何事もなかったかのように布団に戻す。

それが余計気に障ったのか、政宗はとうとう掛け布団にぐるぐるとくるまり、中に籠城してしまった。


困った方だ…。


小十郎は溜め息を吐きながら、布団の塊を見下ろす。

政宗は忍んだと主張していたが、夜中に寝ている人間の上に馬乗りになって『やるぞ』と言われ、はいそうですかと応じる馬鹿がどこに居ると言うのだ。

第一、なぜ自分なのか。
小十郎には、それが一番分からない。

「契りなどせずとも、小十郎は政宗様のお側を離れたりしませんよ」

すっかり大人しくなった塊から頭とおぼしき場所を探り当て、そっと手を当てると

「俺が言いたいのは、そーゆー事じゃねえ」

布団の中から、くぐもった声が聞こえた。


「ならば、どういう事です」

「………」

「政宗様!」

このままでは、らちが明かない。

小十郎が強く名を呼んだ瞬間、カバっと布団が宙を舞い、中から出てきた政宗が、胸の中に飛び込んできた。

「いつまでも子供扱いすんなよ」

「小十郎はちゃんと大人として接して……」

「それは表面上だけだ!大人らしく、君主らしくと言いながら、お前は俺をガキのまま縛り付けようとする」

政宗の言葉は、小十郎を酷く狼狽させた。

自分では意識していなかったが、それは的を得ている、と感じてしまったのだ。

守役として政宗に仕えて、程なく8年。
政宗の存在は己の命より重く、どんなに大切か、言葉に出来ない程である。

しかしだからこそ、自分の手の届く範囲で庇護し続けたいと言う欲はあった。
その成長を喜ぶ一方で、同時に寂しさを覚えたのも事実だ。



"子供"であれば、守ってやれる。
"子供"であれば、離れていく事はない。


政宗にそうやって"子供"を押し付ける事で、小さな安心感を得ていたのかもしれない。



「その様子じゃ、思い当たる節があったな」

「いえ…別に」

「嘘つくな小十郎。何年一緒に居ると思ってんだ」

お前が俺を知るように、俺だってお前を解っている。
口を尖らせた政宗が、小十郎の額を軽く小突く。

それから顔を近づけ、ついばむように口を吸った。


「ま、政宗様っ…」

「馬鹿、鈍感。お前は俺のコトばかり考えて、テメェのコトを疎かにしすぎてんだよ」

「それは……」

「でも、そんなお前に惚れてる俺も、大概かもしれねぇな」

照れ臭そうな笑みを浮かべ、政宗は僅かに頬を赤らめる。

潤む隻眼の奥に揺れる熱っぽさに、小十郎の心臓がドクンと跳ねた。


「確かにそうですね。小十郎は、自分の手元を見過ごして居たかもしれません……」


当たり前として見ていたものは、こんなにも美しかった。

いつの間にか人を恋慕い、胸を焦がす切なさを知り、大人びた表情で自分の想いと向き合えるようになっていた。

見えていなかった物が見えてくると、小十郎は途端に落ち着かない気持ちになった。


「ようやく思い知ったか」

「ですが…その、政宗様」

「気付いたなら、もう逃がさねーぞ」


首に手を回し、真っ直ぐな瞳が小十郎を捉える。


主導権は奪われた。
ダメだと思いながら、身体は意に反し、もう一度その唇に触れてみたいとさえ思う。



「countdownだ、小十郎」

政宗が、そっと耳元で囁いた。


5、

4、

3、

2、

1、




さぁ。そろそろ、恋を始めよう。








[ そろそろ、恋を始めよう end]




【あとがき】

なんとなく続編を書いてしまいました。続編大好き国分寺ですww
今回は「もう子供じゃないもん!」的な幼馴染み要素を盛り込んで、小十郎をハッとさせたいと思いました(笑)
やっぱり一度保護者的な立場になると、それを打ち破るのは難しいよね!と思いながら、その辺が萌えだったりする困った腐女子脳ミソです(^-^;
あー、小十政って楽しい!

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