*本 文 *
□まだ、恋じゃない
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深々と降る雪の音に混じり、板張りの廊下を誰かが歩く。
ヒタリヒタリと、その存在を隠すように。
気配を押し殺し、入るべきかどうか、いつもほんの少し迷っている。
そうする必要がないと知りながら、"あの方"は、それを止めようとはしない。
拒んだ記憶などないのだが、どこかしら他人との間合いを量る、昔の癖が今も抜けきらないのだろう。
部屋の前で足音が止まると同時に
「どうぞ、お入りなさい」
手元の本を閉じ小十郎が静かに声をかけると、数秒置いて、障子が滑るように開いた。
冷気を連れて現れた主は、小十郎を一瞥すると、黙って下を向いた。
「政宗様、寒くて寝付けませんか?」
「……うん」
「今宵は、殊更冷えますな」
氷のように冷たくなった指先を手のひらで包み、小十郎はそのまま彼を布団へと誘う。
政宗はやはり黙したまま従うと、掛け布団を広げて横たわる小十郎の懐に、するりと潜り込んだ。
「足も冷えきっておりますね」
「……なぁ、小十郎」
「何ですか?」
「俺はもう、こうやって此処に来てはいけないのだろうか」
政宗は布団の中から顔だけを出し、上目遣いに小十郎を見る。
「誰かに、そう言われましたか?」
「いつまでも守役に甘えていては、大人としての自覚が芽生えないって言われた」
「自覚、ですか」
「あと…俺のような者では、国を任せるのに不安だと、相応しくないって…」
言いながら、政宗は悔しそうに唇を噛んだ。
そんな事を言ってくる相手は、恐らく政宗が家督を継ぐのを反対する古参の家臣だろう。
言っている事は尤もらしく聞こえるが、やり方がどうにも気に入らない。
あの古狸供は、相も変わらず城の者を手懐づけては政宗を見張らせ、足を引っ張る為の醜聞でも探しているのか。
小十郎は苛立つ気持ちを隠し、沈んだ政宗に向かって目元を緩める。
「元服されたとは言え、政宗様はまだ13。いきなり大人になれなど酷な話でございましょう」
「でも…」
「時が来れば、貴方は立派な国主になられます。焦らずとも良いのですよ」
小十郎は政宗の髪を優しく撫で
「それに、小十郎の楽しみを奪わないで下さいませ」
と微笑んで、未発達な細い背中を優しく抱き締めた。
「こじゅうろ…」
「甘やかしたいのです。俺が、貴方を。ですから、まだまだ大人にならないで下さい」
「お前が俺を」
「はい。お許し頂けますか?」
問い掛けるとすぐに、政宗は額を擦り付けるように小十郎の首筋にしがみつき、こくんと頷く。
二人で居ると、冷えた布団もすぐに温まる。
ならば、寒い夜くらいはこうしても良いではないか。
胸に収まる主の体温を、この上なく愛しく思いながら、小十郎は自分自身に言い訳をしてみる。
「なぁ、小十郎」
「はい」
「いっその事、俺と契ろうか」
そうすれば、大人になっても一緒に寝られるだろ。
布団の中から、声がする。
恥ずかしいのか、政宗は言い終わるとすぐまた、小十郎にしがみついた。
小十郎は急にませた事を言い出しながら、発想のあどけない政宗の不均衡さが可笑しくて、思わず笑ってしまった。
「笑ってんなよ。ムカつくな」
「これは失礼。いきなり艶っぽいお誘いを頂けたもので、驚いてしまいました」
「だからって、笑うことないだろ」
「その様に拗ねる様も、可愛らしゅうございますな」
「もう、小十郎のいけずっ」
政宗は不貞腐れると、小十郎の脛を軽く蹴飛ばし、子猫のように背を向け丸まった。
「俺はもう寝る」
「はい。おやすみなさいませ」
手足が徐々に熱を発し、やがて呼吸がゆっくりと、安らかな寝息に変わる。
政宗が眠りに落ちたのを確認すると、小十郎は一度起き上がり、灯明皿の火を吹き消して布団に戻った。
深々と雪は降り続く。
小さな主も、段々と大人になる。
止められはしない、自然の理。
けれど
「もうしばらく、"子供"で居てくだされ」
いつか必ず、この手を離れるその日まで。
息苦しいほど、必要として欲しい。
甘えているのは、一体どっちだ。
依存にも似た執着に呆れながら、小十郎は祈る。
あと少し。
もう少しだけ、純粋な愛しさだけで彼を抱き締められるように。
そう、祈り続ける。
< まだ、恋じゃない end>
[あとがき]
タイトルそのまんま、まだ恋じゃない。将来的に恋する可能性を含みまくった二人です(笑)
小十政の他者が入れない空気ってスゴいですよね!やはりそうなるにはそれなりの年輪があるんだろーなぁ。と、その辺の妄想をするのが好きですww
あと、単に布団でイチャイチャする話が書きたかっただけです(笑)