七つ子の夢・T

□第一話
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夜から朝へと変わる瞬間。


それは太陽の猛々しい光が淡い光を放つ月を西の深淵に追いやり、空に燦然と輝く星を消していくとき。


東の山の向こうから、東の海の水平線から強烈な焔の星が昇るとき。


暗き夜の世界が朝の世界に押され、黒から橙、橙から瑠璃へと空を染めるとき。


多くの人々がまだ、眠りについているとき。


それでも一部の者達は目覚め、生きるための行動を始める。


それは過去から現在にかけて続いたことであり、現在から未来へと続いていくこと。


それは当然の生の営みの一つ。


帝国の下層、平民が暮らす下町のパン屋から白い煙と共に香ばしい匂いが狭い道に広がるのも、生の営みがある証拠である。


人の生の営みで風が薫る。


パン屋の緑の屋根に雪のような純白の毛並を持つ猫が、身体を丸めて朝日を浴びながら眠っていた。


家の中では中年の夫婦と娘が、“いつもの一日”を始めている。


男は小麦と卵を合わせたパンの生地を力強く練り、女は形の出来上がった生地を鉄板に乗せて釜戸に入れる。娘は大きなバスケットに清潔な白い布を敷き、焼き立てのパンを入れていく。
食パン、フランスパン、ロールパン、クロワッサン…、すべてがきつね色に焼き上がっていた。食欲を誘うおいしそうな匂いに、口の中で唾液が溢れてくる。


彼女はパンの出来栄えを見て、満足そうに目を細めて微笑んだ。


「――よしっ。じゃあ、配達に行ってきます」


「おう。ユーリによろしくな」


「あなた。この時間じゃあ、まだユーリは寝てますって。起きてるんだったらラピードのほうですよ」


妻に指摘され旦那も「それもそうだ」と言い、三人の笑い声が家中に響き渡った。


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