航海

□第三話
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錆び付いた鉄製の外階段を昇るとギシギシと不安定で恐ろしい音と。ゴー、ゴーと唸るもの凄い風の音が聞こえる。
気の弱い者であれば、いつ壊れてしまうか分からない不安と高所の恐怖が二重奏に縮こまってしまうだろう。だがこのゴミ処理場を根城とする者達は全く気にしない。彼等にとって恐ろしい事は、海軍の追跡だった。

船長のドフラミンゴと共に食事を取る事はファミリーの大事な通例だ。新参者のグレイスも食事の為に事務所の外階段を昇っていたが、ローが放り投げられて下のゴミ山に落ちていくのを目撃する。
まだ正式なファミリーの人間ではないローに、こんな惨い仕打ちをする者は一人しかいない。

「コラさん…」

黒い羽毛のコートを羽織り、道化師のようなメイクをした大男。トランプの紋章の名を冠する事を許されたファミリーの最高幹部にしてドフラミンゴの実弟ーーコラソン。彼は極度の子供嫌いで、ファミリーの幼少メンバーは常日頃からひどく虐められていた。

ドフラミンゴは実力主義者だ。船長の彼が使えると判じれば、極端な話、子供だろうと幹部になる事も可能である。だからこそなのか、有名な海賊となったからなのか。子供の入団希望者は多い。だがコラソンの存在が、子供の小枝の如く脆い稚拙な願いを簡単に折ってしまう。

自分がファミリーに加入して二ヶ月が経った。その間、多くの子供が加入しようとしたが、コラソンに虐められて泣いて出て行った。いくら腕っ節に自信がある大人も同じような顛末だ。
「反撃すればいい」と、言うのは簡単だができる筈がない。コラソンはドフラミンゴに残された、たった一人の実の家族だ。彼に復讐などしようものなら、子供だろうと容赦なく血の制裁が下される。

ファミリーに残っている子供は自分を含め、“武器人間”のベビー5と“回転人間”のバッファロー、闘魚の半魚人である赤ん坊の四名。入団希望のローを入れたならば五名になるがーー。

「相変わらずスゴ」

「コラソンの子供嫌いは半端ねぇからな。お前もよく分かってるだろう」

隣にいるセニョール・ピンクの言葉は心当たりがあり過ぎて頷く他ない。

コラソンに頭を掴まれて放り投げられたり、打たれたり、蹴り飛ばされる事はよくある。他の二人も同じような仕打ちを受けているが、不満はあってもファミリーから去るという選択肢は今のところ持っていない。



上座のドフラミンゴを筆頭としてファミリーがテーブルの前に座る。主要メンバーが勢揃いし、テーブルを囲む光景はなかなかに圧巻だ。特にファミリー結成当初からの幹部であるトレーボル、ディアマンテ、ピーカの三人が並ぶと迫力がある。
だがグレイスにしてみれば、時折ただのおもしろ集団にしか見えない時がある。そして、同類に思われたくないとも思ってしまっていた。

巨大なマルゲリータやチーズをふんだんに使ったリゾット、ムール貝とトマトソースのパスタ、A5ランクの牛肉ステーキ等の高級料理がテーブルに並び、各々が思い思いに好きなものを食べる。

グレイスはセニョール・ピンクの隣でピザを食べながら、ドフラミンゴの言葉を聞いていた。

「次のターゲットはラケシュだ」

セニョール・ピンクとグレイスが手に入れた情報で、街の裏組織の裏切りを知った。ドフラミンゴは裏切りを決して許さない。相応の代償を払わせる。
そこへローが入ってきた。食事中の無作法にジョーラは不機嫌になったが、意外にも彼を招いたのはドフラミンゴであった。

ボロボロのシャツから見える肌に白く大きなシミのようなものがあり、マッハバイスが気付いて騒いだ。

「こいつ肌が…!?」

白い町“フレバンス”の生き残りであるローは、珀鉛病に罹っていた。
ジョーラが伝染を怖れて騒ぎ、バッファローが彼女の言葉を真に受けてローに出ていけと罵声を浴びせた。
ドフラミンゴがジョーラを叱り、諌める様を冷めた目で見ながらグレイスはセニョール・ピンクに珀鉛病について訊いた。

「珀鉛病って…?」

「鉛中毒に因る病の事だ」

ナフキンで口を拭くセニョール・ピンクの至極簡潔な説明を訊きながら、ローを見た。彼の鋭い瞳は同じ年頃とは思えない程に危険な感情を宿しているようだった。

『もう何も信じていない』と言うローの言葉を聞き、ドフラミンゴが歪んだ笑みを浮かべた。
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