七つ子の夢・V

□第七十四話
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蒼海の底に造られた古代遺跡。世界の覇者となる野望を抱いた男は、それを兵器と呼んだ。遥か昔、世界を滅びに導かんとした災厄を打ち砕いたのが、このザウデ不落宮だと言う。

落つることのない宮。その名に恥じぬ相応しい力を持っているのは確かである。
古代に造られ、その役目を終えて幾星霜と海中深くで眠っていたとは到底思えない凄まじい力。
現実にウィスタリアは自らの目で見てしまった。世界の守護者を容易く蹴散らしてしまう圧倒的な力を。世界の守護者がまるで歯が立たなかった。

満月の子であるエステルを消す為にダングレストを襲い、その圧倒的な力で街を破壊し多くの人間を恐怖に陥れた存在。
怪物、化物。あの日の光景を決して忘れることが出来ない人間は、世界の守護者に対してあまりに不敬な呼称を付けた。始祖の隷長を知らぬ人間にとって、未知で脅威の恐ろしい存在でしかないのだ。
しかしそれは呆気なくザウデ不落宮から墜ちた。

火焔鳥は巨大な白い光の矢に射られ、一角獣は強大な破壊の力に圧し潰された。

あのときの光景をウィスタリアは決して忘れない。忘れることなど出来るものか。
ヘラクレスの主砲が大地を焼いた凄惨な光景を。貧しくも楽しき日々を過ごした下町を、首都の全てをエアルが飲み込んだ壮絶な光景を。

渦中にありながら、鈍く重い痛みを胸に感じながら、何もせず傍観していただけの自分は大罪人。

始祖の隷長が墜ちたその瞬間をラズと共に目撃していた。自らが親代わりとなったホースラプターの仔は、魔物であっても今では最も心を許せる存在だ。
頼もしい背中が盾となり、吹き荒れる風から身を守られながらウィスタリアの目は大空へと向けられていた。

青の一点で、何かが夜空の明星のように強く煌めいた。白い光が青天を灼く。

強い力の波動が一瞬だけ天を支配し、自らに宿る存在がざわめいた。

光が消えたその一点に在ったものは、水晶〈クリスタル〉の角を持った白い一角獣。ダングレスト、ゾフェル氷刃海で人間と魔物を区別なく助けた始祖の隷長だった。
一角獣の行動は不可解な点が多い。同胞から満月の子を守り、魔物さえ癒やすその存在を、どう捉えていいのか分からない。“魔狩りの剣”は当然のごとく魔物と同じ“悪”と見做したが、傷ついた人間を癒やし、救った聖獣として考える者も少なくなかった。
ダングレストの守護が役目である天を射る矢の上層部は、一角獣が何者であるか、情報収集を行うことにした。敵か味方を決めるより、人間にとって危険かを判断したかったようだ。

ーー危険な存在じゃないと思うけどな。

あの日、砲撃に巻き込まれ重傷を負ったウィスタリアは一角獣に助けられ、そう思った。
フェローはともかく、その行動から一角獣はエステルを狙ってダングレストに現れた訳ではないように思えるのだ。またウィスタリアが知る限り、一角獣は防御と治癒のみで攻撃は一切しない。攻撃の意思がないのか、それとも何らかの理由で攻撃ができないのか。

どちらにしろ、情報は集まらず謎だけが残った。だがゾフェル氷刃海で生死に関わる重傷を負い、虫の息であった自分を救ったのもまた一角獣だ。ダングレスト以降、姿を消していた始祖の隷長がなぜ再び現れたのか。

今、このときなら分かる。災厄を退けた偉大で恐るべき遺産を、たった一人の人間の手に渡す訳にはいかないのだろう。

そうだとしても、一角獣などーー始祖の隷長など最早ウィスタリアには関係のないことだ。
今日というこの日に目的を達成させる。その瞬間に“何もかも”が自分とは関係のないものとなる。

海底の景色を眺めながら、佩刀した剣の柄を撫でた。白狼に認められ、所有する事を許されたこの剣で全てを終わらせる。

この日の戦いのために鎧を纏ったラズが首をもたげて扉を見た。扉が開かれる。

かつての仲間達の、罪を糾弾する厳しい視線がウィスタリアを貫いた。
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