七つ子の夢・V

□第七十三話
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つい昨日まで植物の異常な発達、魔物の凶暴化で帝都は人の住めぬ場所と化していた。
全ては帝都を襲ったエアルの嵐――人間の悪意が引き起こした災禍によるもの。
それでも人は生き残った。不安と心配に苛まれながらも、自分達が生まれ育ったその場所を離れずに生きる。

皇族と貴族のみが居を構えることを許された帝都の上層。貴族街の一番奥に、その屋敷はあった。
立派な大理石で作られた外壁は所々で崩れ、 エアルの影響でまるで怪物のように巨大化した木の幹や根に押し潰され廃墟と化している。そして人の気配が全くない。
昨日の今日だ。廃墟に足を踏み入れる者はいないだろう。最も適当な言葉を選ぶのであれば、人が住んでいた気配、生活感というものが全く感じられない。

くすんだ大理石の壁に囲まれた屋敷は他の貴族の屋敷と比べて些か地味で華やかさがない。顕著に虚栄心と自尊心を全面に押し出し、贅を尽くして造られた貴族の屋敷が建ち並ぶ中ではこぢんまりとしている。だが建築様式は古く、華美ではないからこそ控え目で品の良い美しさを求めた“その時代”があったことだろう。

エアルの影響もあるだろうが、無人の庭園は植物が自らの領分を好き勝手に主張し荒れ果てていた。
そのような無粋な野放図の中に小さな噴水があった。見た目はどこにでもある普通の噴水だ。だが住民がいなくなって久しい屋敷の噴水がなぜ果断なく水を流しているのか。
噴水も魔導器ならば魔核が必要だが、外観からではそれらしきものは見当たらない。

噴水の付近にも雑草は生い茂り、無遠慮に水の中へ下垂している。
そして無粋な濃緑の中に埋もれるように咲く小さな白い花が一輪。翼を広げて空を飛ぶ鳥の姿を成した純白の花弁が風に揺れる。

何故、この荒れた庭に存在しているのか。 誰かが植えたのか。だがそれはあまり考えられない。その花は本来湿地帯やそれに近い環境でなければ生きていけないからだ。このような乾いた土壌では芽を出すことさえないだろう。

それでも花は咲き、風に揺れていた。






はじめは弱く、遅く。しかし徐々に強く、速く――。

自分の内側で主張する其に、ウィスタリアは膝に埋めていた顔を上げた。
彼女に寄り添うラズも顔を上げる。
視線の先にあるものは、頭上の遥かに高い天井。
しかし彼女達が見つめるものは、天井を突き抜けた先にある外界。





青海に突如出現した白亜の遺跡。アーチを描き、頂に巨大な宝珠を載せたその姿は、まるで海上に浮かぶ指輪のよう。

若き始祖の隷長・バウルに運ばれて、フィエルティア号の甲板からザウデ不落宮を見留てユーリ達はそう称した。

「あれ指にはめられる奴なら確かに世界を支配できるかもねえ」

「アレクセイの指には絶対はめさせないのじゃ」

「見つからずに済むかな?」

「ちょっと、あれ!あそこ!」

「フェロー……」

猛禽類に似た雄々しく猛々しい鳴き声が響き渡り、大気が震えた。
蒼き天より舞い降りるのは、伝説の不死鳥を想起させる巨大な火焔鳥。始祖の隷長の現代の盟主であるフェローが、燃え上がる炎のような真紅と橙色の巨大な四対の翼が大空を叩く。
ザウデから美しくも残酷な緑の閃光が放たれ、大気を灼き、大空に軌跡を残しながらフェローを襲った。
しかし火焔鳥は優雅に舞いながら閃光をかわしザウデに降り立つ。

眼前の巨大な宝珠を鋭く見据える。鉤爪のように彎曲した嘴を大きく開け、宝珠に内包された膨大なエアルを吸収していく。
だがその途端、宝珠を中心に巨大な術式が浮かび上がる。それはユーリ達は勿論のこと、稀代の魔導士であるリタでさえ見たことがない巨大な術式。
爛々と赤い不吉な光を発する術式が一際強い光を発した瞬間、遥か遠く、暗き宙(ソラ)から一筋の巨大な光が降る。

世界が皓々の輝きに染まり、一瞬の静寂に包まれた。少なくともユーリ達はそう思った。
しかしそれは恐るべき破壊力を持った光。世界の守護者である始祖の隷長の盟主が、為す術なくやられまるで木偶の坊のごとく海へと墜ちていく。海に叩きつけられる寸前でフェローは飛び上がり空に逃げていくが砲撃は止まない。

「フェローが……」

「フェローほどの力を持った始祖の隷長は殆どいないのに」

「それが手も足も出ないたあ、どんだけヤバイのよ、あれ」

「エアルレベルで干渉して再構築したのよ。……なんて処理能力」

「あれがアレクセイの求めた力なのか……?」

全てを見届けていた皆が呆然とする。赤子の手を捻るように、世界の守護者をいとも容易く一蹴した圧倒的な力を目の前にして狼狽えるなという方が無理だ。

そんな彼等の脇をすり抜ける小さな白い塊。気付いても時すでに遅し。俊敏な動きに誰も追いつけず、甲板から船首へと駆け上がるルウを止められなかった。

「ルウ!?」

「危ないわっ。戻って!」

しかし人間の声を無視して純白の猫は船首から飛び降りてしまった。

「ルウーー!!」

悲鳴が上がった。エステルとリタが後を追い、縁から身を乗り出す。
小さな小さな猫は広大な蒼海に呑まれてしまいその姿を捉えることは出来ない。

「どうして……」

飼い主の次にルウを愛していたリタの悲しげな声が海に落ちていく。俯いた彼女の眦から小さな雫が落ちた瞬間、海が皓々と輝き、古代遺跡を、若き始祖の隷長を、人間を照らす。

「何だ!?」

「この光……一体!」

「あれは…」

光が収束した先にあったもの、それは純白の一角獣。
馬に似た姿形<フォルム>、陽光に照らされ真珠の如き美しい光彩を放つ毛並みと長い二又の尾、そして何よりも特徴的な巨大な水晶<クリスタル>の一角を持つ存在を、ユーリ達は知っている。最初はダングレスト、二度目はゾフェル氷刃海。彼の存在は種族の垣根なく、公平に平等に傷付いた者達の全てを守り、癒やした。
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