七つ子の夢・V

□第七十話
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手を伸ばし柄を握った瞬間、力強い鼓動を感じた。剣か、それとも自分の中の“其”の鼓動であったのかは分からない。
鼓動は一度だけだったが、それが合図であったかのように掌に熱を感じた。剣から注ぎ込まれると言うべきか、熱は掌に留まらず体の中へと流れ込んでいく。
血流と共に体内を巡る熱に、ウィスタリアの中で眠る其が呼応する。最も近い存在を互いが感じ取ったのだ。

其が呼び、熱は導かれるように深い深い奥底へと流れていく。

ウィスタリアは目を閉じて剣を握りしめ、ただ流れに身を委ねていた。体の中で炎が燃え盛る灼熱を感じているのだが、不思議と苦しいとは思わない。

そして遂に其へと熱が到達する。その瞬間を待っていたウィスタリアはカッと瞼を上げ、目の前を見据えた。凛としたウィスタリアの顔が白金の輝きに照される。

黄金の竜巻を正眼し、白金の輝きを放つ剣を振りかぶった。

「はぁぁあああああああっ!!」

ありったけの気合いと共に剣を振り下ろす。斬撃から生じた衝撃波は白金に輝き、黄金の竜巻を真っ二つに切り裂いた。竜巻が割れ、黄金の光が星屑のようにウィスタリアに降り注ぐ。

輝きは消えることなく、光の軌跡を残しながら――それはまるで流星のように突き進む。そしてある一点に到達した瞬間、光が爆発した。
それは天に在る小さな星の瞬きの如く、然れど人間を一瞬で消し去る強大な活力〈エネルギー〉を秘めた輝きそのもの。
輝きは膨大な光の奔流となり、全てを呑み込んだ。





始祖の隷長の光に呑まれ、人間の目には辛く厳しい眩さにユーリ達は目を固く閉じていた。どれほどそうしていたのか、そろそろと目を開けて、既に光が消えていることを確認する。いつの間にか彼等は氷の神殿に戻っていた。

漂う冷気に体が震え、白い息を吐く。カロルやレイヴンがくしゃみをした。そして祭壇の前でウィスタリアが佇んでいることに気付く。
彼女は彼等に背を向け、祭壇を見つめていた。

「ウィル…」

白い吐息と共に彼女の名を呼んだのは、意外にもジュディスだった。

共に旅をしていた時、二人はそれほど親しいと言う訳ではない。ある程度の距離を保ちながら仲間と接していたことに関して言えば、二人は同じである。それでもウィスタリアはジュディスをどこか苦手とし、ジュディスは自らの目的を明かすまでは誰に対しても同じであった。
ジュディスが全てを告白した後に、彼女の中で何かしらの変化があったのだろうか。それともウィスタリアに関して、何かあったのだろうか。

名を呼ばれ、ウィスタリアがゆっくりと振り返る。表情はなく、青金石色の瞳は硬質な輝きを放ち感情を読ませない。背中を向けられていたので分からなかったが、彼女は手に剣を握っていた。佩刀していた騎士団のものではなく、祭壇に納められていた二刀である。
レイピアのように細長い刀身は淡く赤色に発光しているように見えた。柄や鍔はレイピアによく見られる湾曲した形をしているが、華美な装飾は施されていない。甲を覆う柄には鋭利な棘が数本生え、武骨な印象を与える。また湾曲した鍔がまるで尾のように刀身に巻きついていた。
外観だけで判断するならば、騎士団や傭兵などが使用するような実用的なものではなく、儀礼的なものに見える。
しかしそれは早計。外観だけで本質を見抜ける筈もない。宙の戒典と同じく、驚くべき力を秘めているかもしれない。

ユーリ達は自然と攻撃がいつでも出来るように構えた。武器を持った人間に対して、戦士として洗練された神経がそうさせるのだが、かつての仲間にまで反応してしまうのは悲しい。

お互いの視線が交差する。不意にウィスタリアの頬に赤い線が走った。線から滲み出る赤い液体を見留め、それが血であることが分かる。
だが疑問に思う間もなく、突然ウィスタリアの全身から鮮血が噴き上がった。氷上に真紅の花が咲き乱れ、髪を結っていたリボンがほどけてゆっくりと落ちていく。

「!?」

「ウィル!」

崩れ落ちる少女の体。止めどなく血は流れて白氷を朱に染めていく。

血相を変えてユーリはウィスタリアに駆け寄った。抱きかかえた体は血に染まり、幼なじみの顔は死人のように白い。

「しっかりしろ。おいっ」

「ウィルっ。どうしたのよ。一体何があったの!」

リタも駆け寄り、怒っているような泣いているような声で叫んだ。彼女の表情は今にも泣きそうで悲しげだ。袂を別ったとは言え、かつての悪友を放ってはおけない。こうして駆け寄ってしまったのが何よりの証〈アカシ〉。敵対せねばならない立場となり、怒り、悲しみ、憎もうとしても、心の奥底では大切な友のままなのだ。
だがリタの呼びかけにウィスタリアは応えてくれない。

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