超管理社会

□第六話
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早朝という時間帯は多くの人間が休息を取り、空気が澄み静かである。
目覚めた鳥の囀り、噴水から流れる水の清音に満ちる公園は静謐である種の非日常な雰囲気が漂う。

だがそれは“健康な市民”が言うところの、いつもの平穏で清浄な空気に満ちた朝だったらの話だ。

ーー恐ろしく綺麗で邪悪なオブジェ。

その“死体”を見た時、瑞輝はそう思った。最初の発見者である清掃員が、このオブジェが死体と分かったストレスで色相が濁らなければいいけどと、砂粒ほどの同情心で以て心の中で合唱する。

おそらくまだ十代の少女だろう。人生の辛酸を知らない未成熟で刹那的な美しさを持つ女の子。人生の中で最も明るく彩り、若しくはどす黒い記憶を残す青春と言う刹那の時間の中で、突然命を奪われてしまった。
悪意により無惨に摘み取られた若い命の無念を思うと胸が苦しくなる。

自由がない潜在犯としての自らの境遇に、彼女達のような“健康な市民”に対しーー意味がないと理解していながら、やり場のない憤りや憎悪を抱くことは数知れない。
だが瑞輝は無辜の人間が理由もなく殺され、同情や悲しみを抱かない程に冷酷にはなれなかった。残忍な犯人に対し怒りを抱く。

ーーそれにしても似てる…。

死体を見つめる瑞輝の瞳に不穏な青白い炎が宿る。

死体を特殊樹脂で加工し、様々な場所に展示していたおぞましい事件に。

佐々山光留執行官が犠牲となり、忘れたくとも忘れられない事件に。

憎悪と悲哀そのものである事件に。

「今回の捜査から外れてもらうぞ、狡噛」

宜野座の厳しい声が鼓膜に突き刺さる。上司の言葉の意味を理解した瑞輝は黙り、狡噛、常守、宜野座の三人の背後でやり取りを見守っていた。

「なんでだ?ギノ」

「余計な先入観にとらわれた刑事を初動捜査に加えるわけに はいかない」

「そんな…でもまだ標本事件と一緒ってわけじゃ」

言いかけた常守が慌てて口を押さえたがもう遅い。長身の男二人から鋭い視線を浴びてしまい、小柄な彼女が更に小さく見える。
当然のように瑞輝も鋭い視線をもらったが咄嗟に目を逸らした。常守に多少なりとも過去を話してしまった事については罪悪感がある。
だが所詮いつか知られてしまうことだ。それに隠していた訳でもないだろうに。

狡噛はあっさりと引き下がった。監視官の命令に従い護送車に戻っていく。
意外な行動に瑞輝が驚いてしまう。車内に消えていくまで彼を見送ってしまった。
表面上は平静だが、内心では腸が煮えくり返っていてもおかしくないだろう。それとも今回の事件と標本事件は無関係だとでも思っているのか。
確かに三年前とは“作風”が随分違っているように見えるが。

常守も宜野座から狡噛の監視を言い渡されて覆面パトカーへ戻っていく。

「鷺ノ。お前は付近の聞き込みと公園内の監視カメラの記録を唐之杜に回せ」

「分かりました」

いつものように監視官の指示に淡々と従う瑞輝だったが、あまり成果はないだろうと漠然とした予感が胸を過ぎっていた。
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