七つ子の夢・U

□第三十六話
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鮫に似た魚人が振り回す錨をバックステップで避ける。だが振り回された錨から飛び散る海水が、水滴となって顔にかかり、ウィスタリアは心底嫌そうに顔を歪めた。


「あー魚臭いっ。あー鬱陶しいっ。あーこの服イヤっ!」


「なにどさくさに紛れて、服の文句言ってんのよっ」


「別にいいでしょう!」


「お喋りしながら戦えるなんて、随分と余裕なのね」


そういうジュディスも顔に笑みを浮かべながら槍を一閃し、魚人を薙ぎ払った。


「あれは、そういうのじゃないと思うけどな」


ちょっと呆れ気味なユーリも、円閃牙で魚人を斬り刻む。


予想していた魚人の襲来に、カウフマン達幸福の市場と積み荷を守りながらの戦闘は容易なものではない。


鋭い牙で噛みつかれれば、鉤爪状のそれは肉に食い込んで離れない。それに噛む力――顎の力も相当なものだと言われる。
もし腹に噛み付かれでもしたら、皮を裂き、肉を喰い破られ、骨をも粉砕し、おびただしい鮮血が甲板に流れることだろう。


凄惨な光景が脳裏を過〈ヨギ〉れば、誰でも死にもの狂いで戦う。魔物との戦闘はいつでも命懸けだが、プロの傭兵が逃げ出すだけあってやはり手強い。
属性を考えて術技を使わなければ簡単には勝てない。


魚人が巨大な口を開けて飛びかかってくる。ウィスタリアは、今自身が修得している技の中で最強の奥義を放った。


「百花繚乱」


剣の切っ先に炎が宿り、魚人の顔面に向かって無数の突きを繰り出した。そして十文字に斬りつけた瞬間巨大な炎の花が咲き、消えると同時に魚人は息絶えた。


「スパイラルフレア」


リタの詠唱と共に術式が浮かび上がり、中級魔術――スパイラルフレアが発動する。巨大な火球が一直線に飛び、近くにいた魚人達を巻き込んで薙ぎ払いながら、標的の魚人に直撃した。
倒れた魚人達から煙が昇り、気づけば動いているのはいない。どうやら戦闘は今の一撃で終わったらしい。


「流石ね。私の目に間違いはなかったわ」


「とほほ……凛々の明星はおっさんもこき使うのね。聖核探したりと、色々やることがあるのに……」


男が愚痴る姿ほど情けないものはないだろう。
慰める気にもなれないウィスタリアは、カウフマンに言われた通り猫のコスチュームのまま、呆れの視線をレイヴンに送った。


「それっておとぎ話でしょ。あたしも前に研究したけど、理論では実証されないってわかったわ」


「ま、おとぎ話だって言われてるのはおっさんも知ってるよ」


「どうしてそんなものを、探すんです?」


「そりゃ……ドンに言われたからね」


「ではウィルも?」


「ううん、言われてない。ま、私には任せられない難しい任務だってこと。そうでしょう、レイヴン?」


皮肉げに口の端を上げてレイヴンを見る。彼は頭をかいて肩を竦めた。


すると倒した筈の魚人がまな板で暴れる魚の如くばたばたと動き出し、がばっ、と立ち上がる。皆が警戒して武器を構えた時、魚人の大きな口が開いて何かを吐き出した。
吐き出したものを見て、その場にいる全員が驚愕する。


「パティ……!」



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