七つ子の夢・U

□第三十三話
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薄暗い部屋の中でウィスタリアは目を覚まし、自分の目から涙が流れている事に気付く。
指で涙を拭い、重たく息を吐いた。その端整な顔にはどこか翳があり、青金石色の瞳にも、底の見えない深淵を思わせる暗い感情が宿っていた。


――…どうして……今頃になって……。


あれからもう十年経とうとしている。
長い月日を経て、幼かった自分の思考は僅かながらも成長していると思う。


だから、消えない過去をどうかしたいとは思わない。


時は過ぎ去るものであり、巻き戻るものではない。それと同じように、起きてしまったことは取り消せることはできず、やり直すこともできない。


そう…。失われた命は二度と元には戻らない…。


絶対不変の真理――。


ふと耳に入ってきた足音に目を細めて起き上がる。
今彼女がいる場所――閉じ込められた、の表現の方が正しいだろう――頑丈な鉄格子が嵌められた牢屋の中で、固いベッドの上に薄い毛布をシーツ代わりにして一晩眠ったのだ。


狭い空間に響く足音と近付く人の気配。
ウィスタリアはわざと眠たげな表情を作り、だるそうな感じで牢屋の外を見た。


「出ろ」


騎士はあくまで事務的に、だが兜から覗く目には嘲弄と侮蔑を込めて命令する。
ウィスタリアは憤激する訳でも反抗する訳でもなく、表面上は気だるげにしながらも素直に従った。












連れて行かれた騎士団本部では、何やら騒ぎが起きていた。その元凶に思い当たる節があるウィスタリアはまさかと思い、騎士の肩越しから様子を窺って嘆息した。


「やっぱり……」


「よくもこんなところに閉じ込めたわね!あたしが誰だか知ってんの!責任者出せっ!」


自分と同じく捕まっていたリタが、怒り狂いながら魔術をぶっ放していた。
騎士が慌てて事態の収拾に努めようとするが、どうやら上手くいっていないらしい。リタの周辺には、憐れにも魔術の餌食となった騎士達が倒れていた。


「大人しくしろ!今……今、呼んでくるから……!」


「うるさーいっ!」


油に火を注いだのか、騎士の言葉は全く意味をなさず、更に魔術が炸裂した。


「やばっ。こっちに来る」


どうやらリタは怒りに我を忘れてウィスタリアに気付いていないらしい。
仕方ないと、ウィスタリアは目の前の騎士の肩を掴み、躊躇なく自分の盾にした。


「き、貴様っ、何を…」


騎士を盾にしても、どっちにしろ自分も巻き込まれると判断したウィスタリアは、騎士を突き飛ばして直ぐにその場を離れた。


「ぎゃああああ!」


魔術の餌食になった騎士の悲鳴が、本部内に響き渡った。


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