航海

□幕間劇
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「…んのっ変態鬼畜ヤブ医者ヤロー!」

エルの怒りの絶叫を聞き流しながら、今日の新聞に目を通す。革命軍の仲間が逮捕されたと言う記事は載っていない。相変わらず他国間の戦争や内戦、海賊の蛮行の記事が目立つ。

「なんでああも極悪人面で鬼畜なんだ!」

次の連絡はドレスローザに到着した時にするか。そろそろ心配している頃だろう。

「身勝手すぎるし、俺の意見なんかガン無視だし!」

大勢だと目立つから少数で潜入すると言っていたが…。メンバーを聞いた限り、心配は無用だろう。

「いつも俺に馬鹿馬鹿と言いやがって!馬鹿って言った奴が馬鹿だっての!!」

あ。この特製ブルーベリーパンケーキ美味しい。

「て、聞いてんのかよ…フガッ!!?」

四等分に切り分けたパンケーキをフォークでぶっ刺し、アヒルのように煩い口の中へ突っ込んだ。

こんがり焼けたパンケーキの四段重ね、きつね色の生地の上で純白の生クリームがとろりと溶ける。甘く白い滝と濃厚な群青色のブルーベリーソースの流れを、パンケーキの欠片と絡めて口の中に放り込む。甘ったるさの中に果実の爽やかな酸味が軽やかなステップを踏んでいた。

ハムスターのように膨らんだ頬、モガモガと口の中いっぱいのパンケーキを必死に咀嚼している。口の周りが生クリームとブルーベリーソースでベタベタだ。

ベタベタで思い出した「ベヘヘ〜」が口癖のかつての上司。サングラスに青い髭跡、幾重にもなる脂肪の塊の腹と鼻水を垂らした顔が、不健康且つ不潔感満載で不快だった。
ファミリーにいた時から慕っていないーーあの中で慕う人間など皆無だ。十年以上経つと更に不健康且つ不潔感が増しているだろう。

「モグモグ…ゴクッ。……っにすんだ。窒素させる気か!!」

「五月蠅いから塞いだだけ」

嘆息する顔は無表情だが、エルの子供っぽいローへの文句を聞き続けて辟易していた。しかも口の周りはソースと生クリームだらけ。本当に子供のようだ。

ナフキンを渡し、口の周りを拭けとジェスチャーで教えながら、感じていた疑問をぶつけた。

「ねえ」

「何だ?」

怒りが治まらないのか素っ気ない態度のエルは、口の周りを拭き終わり注文していた温かいショコラータを飲む。

「二人は両想いなんだよね」

「ブーッ!!!?」

真向かいにいたグレイスは、綺麗な放物線を描いて口から吹き出されたダークブラウンの液体を瞬時に避けた。

「な、何を急に…!」

あからさまに動揺し、挙動不審になる二十代半ばの成人男性の反応を、可愛いと見るべきか、気持ち悪いと見るべきか。

そのどちらでもない無関心の顔でエルを見る。

「あの場所で気持ちを確かめ合った仲なのは知ってる。聞いてたから」

「なぁ、ああああああ…悪趣味だぞ!!盗み聞きか!!!」

「聞こえてきただけ」

最後のパンケーキの欠片を食べ、ショコラータを飲む。濃厚なカカオの香りと風味が、偏り気味の自分の味覚を満足させる。

敵の本拠地であるドレスローザに近い事もあり、周囲を気にし名称を排しながら言う。

「出航早々に喧嘩して、目的地に着く前に家出同然に船を飛び出して、とばっちりを受けた私の身にもなって」

「それは………ローが悪い!!!」

喧嘩両成敗の言葉を知らない幼稚なエルに対し、グレイスに怒る気はない。呆れていると言った方が適当だろう。顔に出ていないが。

発端はパンクハザードを出航し、ドレスローザを目指して順調に航行していた数時間後のこと。傷付いた体を休める為に眠っていたローが飛び起きたのだ。
幸いと言うべきか、顔面蒼白のローを見た者は昔から知るエルとグレイスだけだった。悪夢でも見たのかヒドい顔のローを二人は心配した。
ローはエルを暫し見つめた後に彼を抱きしめた。驚き、狼狽するエルにローはーー。

重なるシルエットをグレイスは静かに見つめた。数秒後にはローが殴られ、エルが叫び、怒鳴り声が響き渡る。
この島に到着するまで険悪な雰囲気が漂い、二人は一言も喋らなかった。麦わら達は何があったのか知りたがったが、正直に言える訳がない。そして到着した途端エルはサニー号を飛び出し、動こうとしないローを見かねてグレイスが代わりに追いかけたのだ。
昔のグレイスを知るエルからすると、彼女の行動は驚愕ものだ。
だがローの羞恥心の欠片もない行動に怒り心頭のエルは、船に戻らないと駄々をこね、仕方なくカフェでスウィーツを食べながら頭を冷やす事にしたのだ。
実際とてつもなく寒い。温暖な気候のドレスローザに近いが、この島は冬島と言っても過言ではない。コートを着ていなければ出歩けず、頭を冷やす名目でテラス席を選んだグレイス達以外は当然いなかった。

船での事を思い出したのか、怒りと羞恥で真っ赤になったエルは、思い切りくしゃみをした。グレイスはすぐさま皿でガード。

「っくしょん!…ズーッ…。ったく、何で寒いのにテラスで冷たいもん喰わなきゃなんねーんだ!」

「寒い、寒いって言いながら、ジェラートを注文して『美味い、美味い』てパクパク食べてたでしょ」

「そ、それは店の評判メニューだから…」

「あと頭を冷やしてもらうため。少しは冷えた?」

「そりゃあ…少しは」

先程までギャーギャー喚いていたが、くしゃみをし、常人の思考ではない凍てつく外での間食を提案したグレイスへの文句で少し冷静になったようだ。

訓練の為に香と毒薬を焚いて匂いを染み込ませた愛用の黒のストールを口元まで上げ、グレイスはショコラータを飲み干す。

「仲直り、する?」

「…ッ…んなの、あいつが謝んなきゃ無理だ」

「……だってさ。どうする?」

「へ」

珍しく表情を柔らかいものにしたグレイスが顔を後ろにやる。まるで誰かがいるように。
彼女の後ろの席には、いつからいたのか、ローが座っていた。エル曰わく凶暴凶悪な顔で、ローは睨むような鋭い視線を注ぐ。

「ろおおおおっ!」

「うるせぇ!」

「なななな、何でいんだよ!!つーかっ、いつからいいいいい、いんだよ!!」

「どうやら、また会話が出来なくなったみてぇだな」

いつも通りの二人の遣り取りを見、グレイスはこれで問題は解決するだろうと安心する。
ローは立ち上がってツカツカとエルに近付き、襟を掴んだ。

「悪いが借りてくぞ」

「ちょっ…やめろ。引っ張んじゃねぇ!」

ローに襟を掴まれ、猫のように連れて行かれるエルはまた喚いていたが、グレイスはヒラヒラと手を振り、伝票を持って立ち上がる。

「さて、と…」




街から離れた山の中。雪雲の隙間から射し込む陽光を受けて、キラキラと煌めく美しい純白の雪原に、グレイスは“磔”と言う名の怖ろしいオブジェを作る。
住人やウェイターに化けていたドフラミンゴの配下達だ。全員が完膚無きまでに叩きのめされていた。
盗聴用の電伝虫を探し、暫し逡巡した後に野生に帰す。ドフラミンゴ以下幹部連中に言葉を残すべきか迷ったが、不要だろうと思って止めた。

「運が良ければ、猟師さんが見つけてくれるよ」

苦悶する哀れな敵を縄で磔にし、雪山に置き去りにする無慈悲なグレイスだったが、すぐに立ち止まる。
小山のような黒い巨躯、危険な光を宿して爛々と輝く野生の目、赤黒い口の中から覗き見える鋭い牙を持った熊が立ちはだかっていた。

グレイスを獲物と定めたようだ。恐ろしい咆哮が木々や雪を揺らした。
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