小説1

□恋
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気づいたら、ベッドに寝ていた。
 
どうやらあれからすぐに気を失ってしまったらしい。
 
 
ゆっくり起き上がって辺りを見回すと、そこは学校の保健室のようだった。
 
腕には包帯が巻かれていた。
逃げている途中で擦りむいたものだ。
泥もついていない。
服も変えられていた。
 
 
 
 
 
「起きたか」
 
 
 
「っ?!」
 
 
 
いきなりの低音の呼びかけに驚いた綱吉は、思わず後ずさってそのままベッドから落ちた。
 
 
「痛っ・・・」
 
しりもちをついてしまう。
 
地味に痛い。
 
見ると、足にも包帯が巻かれていた。
そういえば、屋敷から裸足で飛び出して逃げていた事を思い出す。
 
 
そして先程声をかけてきた人物は、真っ黒な服に髪、そして深紅の瞳だった。
 
 
あの時手を差し伸べてくれたのはこの人だと、そう思った。
 
 
 
 
「どこか不具合はあるか?」
 
 
「い・・・いえ・・・」
 
 
全体的に擦り傷程度らしく、激痛はなかった。
 
 
 
「あの、ありがとうございます。助けて・・・くれたんですよね?」
 
「あぁ、そういう事になるな」
 
 
だが綱吉は怯えていた。
 
自分を買ったおじさんも、最初はものすごく優しかった。
 
良くしてくれた。
 
けれど、夜になり急変した。
 
今考えれば当たり前だ。
 
 
自分は売られたのだから。
 
養子にされたわけでも善意で引き取ってくれたわけでもないのだから。
 
 
思わず手を取ってここまで来てしまったが、目の前の人物を信用していいものかわからない。
 
何故自分を助けてくれたのか。
 
そうしてこの人に何の得があるのか。
 
 
 
それを察したのか、男は綱吉にベッドに戻るよう言い、自分も近くの椅子に座った。
 
「俺はザンザスだ。ヴァリアーのボスをしてる。ここはその拠点地みたいなもんだ」
 
「はぁ・・・」
 
 
とりあえずザンザスの話を聞くため、綱吉はベッドに戻った。
 
 
「おまえはどうして逃げていた?」
 
「え、と・・・・・・」
 
 
言っていいのか。
 
売られて逃げてきたと知られたら、連れ戻されるんじゃないのか。
 
だが、この深紅の目に嘘はつけそうになかった。
 
 
 
「いきなり・・・連れ去られて、それで気づいたら売られて・・・たぶん私を買った人から逃げてきました・・・」
 
 
「そうか」
 
 
ザンザスはそれだけ言うと、黙った。
 
その沈黙に耐えられず、綱吉は恐る恐る尋ねる。
 
 
「あの、私、連れ戻されたりは・・・」
 
「ない。人身販売は違法だ」
 
 
・・・良かった。
 
けど、だったらどうしてこの人は私をここまで連れて来たのだろう。
 
警察・・・とかには見えない。
 
これから私はどうなるのだろう。
 
 
凪は無事だろうか。
 
こんな風に逃げ切れてくれたらいい。
 
そんな可能性はすごく低いけれど。
 
 
 
 
「そうだ、母さんや友達・・・」
 
「何?」
 
「心配してる・・・・・・」
 
 
だが携帯はない。財布もない。
 
連絡の手段がない。
 
電話を貸してもらえたりは・・・するのだろうか。
 
 
 
「どうした」
 
黙って考え込んでしまった綱吉を覗き込むようにしてザンザスが聞く。
 
綱吉は躊躇いながらも口を開いた。
 
 
「電話を貸してもらえる事は・・・出来るんでしょうか・・・」
 
 
相手がどんな人物か、ここが何処なのかもわからないのに。
ヴァリアーとは説明してくれたが、そもそもそのヴァリアーというのが何なのかわからないし。
 
すると意外な答えが返ってきた。
 
 
「あぁ。もう少し回復したらするといい」
 
「・・・・・・」
 
拍子抜けしてしまった綱吉。
 
絶対断られるかと思っていたのだ。
 
ならばと、思いきって1番気になっている質問をしてみた。
 
 
 
「どうして私を助けてくれたんですか?」
 
 
 
「・・・・・・超直感だ」
 
 
 
「ちょう・・・ちょっかん・・・・・・?」
 
 
って何。
 
 
 
「なんとなく助ける気分になった、それだけだ」
 
 
そう言うと、ザンザスは部屋を出て行ってしまった。
 
 
 
残された綱吉は、ただ呆然とその後ろ姿を見送っていた。
 
 
 
 
 
 
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