ここだけのはなし
□あまかみ
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「ねえ葉月」
「ん?」
「ここの痕、けっこう目立っちゃうね」
高校からの帰り道。隣を歩く千歳がつん、と指で私の首筋に触れてきた。
そのひんやりとした感触に、はたと思い出す。そういえば、午前中の体育の時間から髪を結んだままにしてたんだっけ。
ということは、今日は一日中、制服の襟元からこの「痕」が丸見えだったってことだ。
「そりゃあ目立つよ、千歳首ばっかり噛むんだもん」
「えー、でも首から飲むのがいちばんおいしいんだよ」
左の首筋に残る、ふたつの小さな痕。
小さい頃から千歳とはいつも一緒にいたから、付き合い始めた後も私たちの関係にあまり変化はなかったけれど……ひとつ決定的に変わったことがあるとすれば、これ。
17歳の誕生日に「プレゼント」をあげてから、千歳は何日かに一度私を噛んで食事――つまり吸血をするようになった。
食事は体のどこからでもできるみたいだけど、千歳は首が特にお気に入りでいつも遠慮なくかぷかぷ噛みついてくる。
一点集中、首攻めだ。
そんなことをされれば、首にくっきり牙の痕が残ってしまうのは当然なわけで。
だから私はなんとなく、普段は髪を下ろして痕が見えないようにしている。
「これ他の人が見たら不思議に思うかな?」
「んーどうだろ。でももし何か聞かれたら、『虫に噛まれた』って答えとくから大丈夫」
「む、むし……?」
「すごく大きな蚊とか!」
蚊ならまったく不自然じゃないよね、我ながら名案!
ひとり悦に入りながら千歳の顔を見上げると、当のご本人は口をへの字に曲げてなにやら不服顔。……あれ。
「葉月って言葉のチョイスになんか毒があるよね……ヴァンパイア菌とか、虫とか……」
「え、ご、ごめんね……?」
「ううん。そういうとこも好きだよ」
千歳は小さく息を吐きながら、ぎゅっと私の手を握った。
絡めてくる彼の指を握り返しながら、心の中で少しだけ反省。……そうだよね、いくら血を吸うとはいえ蚊と同じにされたら千歳傷つくよね。デリカシーがなかったかも……
「でも葉月、これからは蚊に噛まれちゃだめだからね」
「え?」
「葉月の血は全部俺のものだから」
……それも束の間。
しゅんとなった私の不意をつくように千歳の顔が近づき、私の首筋――自分のつけた噛み痕にキスを落としてきて。
「……!?」
「ふふ、」
してやったり。
不意打ちにびっくりして声が出せない私に向けられた、彼の無邪気な笑顔は。悔しいけれど憎めなくて、この体を流れる血をすべて差し出したって足りないくらい、愛おしくて。
首筋に灯る熱を感じながら、この痕はずっとずっと、一生消えなくてもいいなと思った。
2017/10/31 END
Happy Halloween!!