「どぅわ!」
捲簾が跳びはねた。
脇腹を押さえて蹲る様子を淡々と見つめる敖潤。
「…情報は正しかったようだな」
一人納得すると立ち去ろうとした。
その純白の軍服の裾を逃げない様に必死に掴む。
「…テメェ、何様のつもりだ!」
「文句なら彼女に言え」
『捲簾は脇腹が弱いんだ』
そう含み笑いしながら敖潤に教えたのだ。
嘘だと思うなら試してみるがよい、と唆された訳だ。
「だからって本気で試す事はねえだろが!」
「教えて貰ったのだから、試さねば損だろう?」
敖潤のストレス発散方。
暫くの間、捲簾で遊ぶ事、と噂になったらしい。
―・―・―・―・―・―・―・―
「あーもう、どうしてお前はこんなに頑固なんだ!」
「煩い、黙れよ、馬鹿アニキ!」
血の繋がらない兄弟の、口喧嘩。
どう見ても子供の姿の兄と、年相応の弟。
「闘神って頑固者が多いってホントなんだな!」
「そりゃ、お前、自分の母親だけの事じゃねーかよ」
遠くでそんな微笑ましい喧嘩を見ている夫婦は、お茶の真っ最中。
「喧嘩の原因は、一体なんだ?」
「闘神の涙を見たいらしいぞ、あの弟君は」
妻の疑問にサラリと答える夫。
「…そうか」
徐に席を立ち、手に持ったモノは。
「…目薬?」
「泣かせたいのだろう?では泣け、那托」
「…馬鹿?」
机に突っ伏してうなだれる敖潤。
母子揃って、どう天然だよ、そう言う問題か?
風が爽やかに過ぎて行く、とある午後の日。
―・―・―・―・―・―・―・―
何を贈ったのなら、貴方は喜んで下さるのだろう?
もう直ぐ、大好きな貴方の誕生日。
貴方はモテるから、沢山の人から沢山の贈り物を貰うのだろう。
それが少し、ほんの少しだけ、悔しい。
当日になれば、ソワソワと周りが騒がしくなる。
気にしないフリをしながら気が気じゃない。
苛々しながら仕事モードの顔は崩さないのが悲しい性。
もう少しで日が代わる。
何だか一人、盛り上がらないまま終わるんだろうな。
そう思って、不意に涙が滲んで書類が見え無くなる。
詰め所に一人ポツンと取り残されて、ぼんやり思うのは貴方の事。
皆から祝福の言葉を貰いながらニヤけた顔が腹立たしい!
「…お前は何もくれねぇの?」
何て言う貴方は嫌い。
「沢山他の方達から頂いているじゃないですか」
「ケチ。俺はお前からしか欲しくねぇよ。本命からのが一番良いに…」
本命?誰が?
「…取り敢えず、これで我慢すっか」
と、額に貴方はキスをした。
真っ赤な顔で、照れ臭そうに悔しそうに。
案外、可愛い所があるのかもしれないな。
など思ったのは内緒。
―・―・―・―・―・―・―・―
隊員の誰もが「おめでとう」と言葉を掛けてくれる。
でも。
欲しいヤツからはまだ何も言って来ない。
ヤキモキしてる、こっちの身にもなれよ、もう!
机に置ききれない程の贈り物を目の前にして、沢山の言葉を貰った。
でも、本当に欲しいのは、たった一人。
日も落ち、暗闇に月も隠れてしまった今日と言う日。
アイツはまだ何も言って来ない。
知れず、誰かが人払いしたように詰め所にはアイツと俺しか居無くなる。
もうすぐで、日も変わってしまう。
それじゃあ、面白くないし変なヤツになってしまう。
「…コレを貰うから」
と言って、アイツの額にキスをした。
呆然と俺を見たアイツの顔が、本当にあどけなくて。
可愛いくて、堪らなく愛しい。
どんどん、お前を好きになっていく気持ちは止められない。
これからも、もっと。
好きになっていく。
―・―・―・―・―・―・―・―
「母の日?何だ、それは」
物凄く不思議そうな、それでいて不信そうな顔をした。
西海竜王の執務室に現れた、傍若無人な我が息子。
やる事なす事、敖潤の理解を超えている。
「その母の日とやらに、私が何の関係がある?」
「俺は母さんにだけど、父さんはお祖母ちゃんになんかしたら?」
「…何かとは、何だ?」
「………」
そう言った慣習が無い天界では、何の事やら皆目見当がつかないのだ。
「そうだなあ、一般的には、花とか。カーネーションかなあ」
「それは良いんだが、母の日の定義は何だ?」
妻に良く似た雰囲気の息子は、チラリと視線を寄越した。
「何時も頑張ってくれている母に、感謝の印、って所かな」
「…感謝の印…」
そうと決まれば、仕事などしていられるか!
「行くぞ、花を買い占めなければ」
「…え?えええ!?」
ちょっと買い占めるなんて、幾ら何でも!
…俺、何か余計な事、したのかな?
強引に引きずられながら思う息子だった。
―・―・―・―・―・―・―・―
「…父の日?」
そう言えばそんな日があったな。
新聞を片手にコーヒーを啜る母の姿。
「やっぱりさ、何かしないと駄目かな〜って思ってさ」
「敖潤は下界にそんな風習が有る事すら知らぬであろうがな」
それでも、余り顔を合わせないから。
せめて、『何時もお疲れ様』って伝えたい訳で。
「まあ、よいであろ。好きにするがよい。あ、だとしたら、わたしも何かせねばならぬな」
「…お祖父様に?」
「そなたからは敬老の日だと言えばよかろ?」
「………」
無表情で喜ぶ父と、泣き崩れる祖父の姿が目に浮かぶ。
何だか複雑な息子であった。
―・―・―・―・―・―・―・―
「あ〜もう〜」
ジメジメと〜!と暴れる。
「確かに湿気は篭るが、今の季節は仕方が無いだろう?」
「洗濯物が乾かないんだよ!」
湿気にイライラする、シャツ一枚の息子と涼しい顔の父親。
第一、軍服なんて重たいし乾きが悪いったら!
「…クリーニングに出せば問題ないだろうに」
「自分の洗濯機でやらないの?」
「やらぬな」
………。
価値観の違いを身に染みる息子であった。
―・―・―・―・―・―・―・―
「書庫に行かれましたよ」
そう副官達に教えてもらい、書庫へと足を向ける事になる。
今日付けの書類が置き去りになっているのを見付けてしまったからだ。
足を向ける書庫は広大な図書館並で、捜すのも一苦労しそうだ。
「さて、どの辺りに居るのやら…」
そうぼやきたくなるのも仕方が無いだろう。
小一時間、捜して見付けた目当ての人は。
本棚の隙間に嵌まって眠っていた。
「…器用だな、君は」
こんな所で寝ると、風邪を引くだろう?
そう言うとマントと軍服の上着を脱ぎ、眠っている愛しい捜し人を起こさないように包む。
「…全く、何時になっても、君は…」
俺を困らせる事をする。
そう寄り添い眠る事にしたのだった。
後日。
盛大に互いの副官に罵倒される事になる。
―・―・―・―・―・―・―・―
「え?今年はホントに駄目なんだ?」
驚かせようと企んだ両親に、ささやかな仕返しをと思っていた矢先だった。
彼の伯父に当たる、見た目二十代の美貌から齎された言葉に声を失った。
「連続で年末年始に休みなんて、そんな事あの如来が許す訳ないであろ?」
「……」
記憶の彼方に放り出したいモノが、うら若い彼の脳裏を横切った。
「うん、なら仕方ないよね」
「随分と諦めが良いではないか。どうしたんだ?」
判っていながらそう意地悪に聞いてくるその美貌が疎ましい。
「良いさ。今年の年末年始はバイト三昧だから」
「そうなのか?知らなかった」
どうせ暇なんだし、と言いながらも何だかスッキリしない表情。
「あーあ、お年玉貰い損ねた!」
「如来の所に挨拶に行けばタップリと貰えるぞ?」
「命と引き換えに行かないよ。もう行きたくないし」
少しは学んだようだ。
「一護は?」
「家族と過ごすって。神社には一緒に行くけどね」
「…わざわざ行かなくても、身近に居るのになあ」
苦笑い。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
「あー、もう、腰が痛いッ!」
「喚くのも結構ですが、手は休めないで働きなさい」
「しんどくないの!?」
「しんどいですよ。でも、基礎体力の差ですね。軟弱者」
見慣れた美貌は辛辣だ。
朝の早くから叩き起こされ、身体が動かない内に始まったモノ。
それは『雪掻き』。
何時に無くドカッと降った雪は空座町をスッポリと包み隠してしまうほどだ。
「学校に遅刻した理由が雪のせいだなんて理由になんてなりませんよ」
「…はーい」
スコップ片手に勤しむ学生と軍人。
健康的だが、筋肉痛に悩まされたのも学生だけだったという悩ましい現実であった。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
どこに居ても、直ぐに判ってしまうんだ。
「…は?」
「階段の下に居たでしょう?」
「しかも珍しく小走りに」
などと言われた日には、どうしたら?
すい、と捲簾は胸を指差した。
何だ?と自分の胸を見遣る。
「お前の携帯に付いてる鈴。それが目安」
「結構、響くんですよね、それ」
そう言えば胸ポケットに大概、携帯は入っている。そして、友人からお土産で貰った勾玉と鈴のストラップ。
「大体、何メートルくらい後ろに居るとか判っちまうんだよな」
「ストラップは外に出てるでしょう?結構、皆、聞いてますよ」
マジか!
副官に聞けば、「そうですよ」と難なく答えられてしまった。
…何だろう、この敗北感は。
ー・ー・ー・・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
玄関開けて、すぐ閉める。
「…なにやってんの、母さん」
「見てはいけないものを見たからな」
そう言って座敷に引き下がって行った。
何だろ?
そう思い玄関を開ける。
「…うん、母さん、間違ってないわ」
そそくさと閉めに掛かる。
「待てコラ!手伝え!」
そこには雪かき隊がいた。
「なんで俺が!」
「お前ん家だ、馬鹿やろがっ!」
新年早々、騒がしい事です。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
「納得いかねえ…」
「なにがだ?」
「…あんたって、ホントに嫌な女だって事だよ」
「ほめ言葉か?」
仕事の合間、告った。
でも、全く相手にされてない、と解った。
切ないなあ。
判ってた事だけど、もう少し、何かねえの?
…あったらあったで、悩むんだけどさ。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・