胃がもたれる。
実際に口にした訳ではないのだが。
見ているだけで、胃がもたれる位に、痛くなる。

別に特別甘いものが嫌いと言う訳では無いのだ。

ただ。
そのムラのある嗜好パターンは勘弁して欲しいだけ。

「酒のツマミに、ソレ…って、可笑しくねぇか?」

捲簾がウンザリ顔で酒を煽る。

「そうか?」

手にした『おはぎ』とお猪口。
指に付いた餡を舌で舐め取る仕草は、卑猥に見える。

「「「お前(貴女)、ソレ、絶対態と(でしょう)だろ!!!」」」

捲簾と天蓬が同時に放つ。

…だから何故俺の執務室で宴会をするんだ。
頼むからその食べ合わせは俺の前では止めてくれ。

騒がしい執務室に頭を抱え、食べ合わせが胃にクル始末。

天界一、気苦労の絶えないのは自分だと嫌でも自覚せざるをえない。

胃を押さえながら深々と溜め息を付く竜王だった。

―・―・―・―・―・―・


最近、漸く寒さも緩んできた。
暖かい陽射しが大きな窓から入ってくる様になった。

と、くれば?

「脱走した?アイツラが?」
南海竜王が憤然とした表情で執務を仕切っている。
疑問に思って聞いて見れば、そんな答えだった。

あの執務に煩い西海竜王と仕事の鬼。
二人揃って居ないとは。

内心、両手を挙げて大喜びの捲簾。

「じゃ、上官を倣って、脱走します!」

ピシッと敬礼を送る捲簾。

「大目玉を食らうのは俺じゃないしな」

とアッサリ許可した敖欽。
陽気に誘われて〜何て優雅な気分で居られるのは。

後、僅か。

―・―・―・―・―・―・


此処最近、蒸し暑さが増してきている。
暑さに弱い彼女が夏バテを起こすのは、何時もの事。
主食が煙草と酒だと言い切るのにも、問題があるだろう?

コンコン。

自室のドアをノックするが、返事が無い。
無礼だと判っているが、面倒が起こる前に危険な芽は摘んで置かねば。

ガチャッ。

開けるとそこには、来客用ソファに横になり眠る人。

開け放たれた窓からソヨリと風は入って来るが、湿度が高すぎる。

首筋に張り付いた髪が暑苦しく、纏わり付く。
しどけなく投げ出された身体と乱れた軍服。
眉間に寄せられた皺が悩ましげな色香を醸し出す。

煩悩を振り切り、執務机に置いてあった扇子で風を送る。

少しは、暑さで参って寝不足気味の彼女に深い眠りを与えられたら。

不機嫌な顔ばかりでは楽しくないから。

「…余り心配掛けさせるな」

扇ぎながらそっと口づけを送った。

―・―・―・―・―・―・


「あづい〜」

デカイ黒猫が木陰に横たわる。

「大丈夫ですか?捲簾」

涼しい顔で天蓬が本のページをめくる。

「お前、何でそう平気な訳?」
「心頭滅却すれば、また涼し、と言うでしょう?」

判っちゃいるが、蒸し暑いのはなぁ。

単に暑いだけなら全然平気なのだ。

酒が温くなってマズくなるしなぁ。

「まだこれからですよ、夏本番は」

―・―・―・―・―・―・


元々、食のムラの有る人だと言う認識はあった。
だけど。

「…食べ過ぎ、と、違うかな…」
「ご飯が美味しくて」

うんうん、それは判ったよ。

「もう時期、冬眠しなければならぬから」

人間が冬眠するなんて聞いた事が無いんですけど。

「そうか?竜族なんて毎冬辛そうだがな」
身体が冬眠したがって。

あの一族は特別じゃないですか。

「その一族に嫁いだ以上は、付き合わねばなるまい?」

良い迷惑だと思いますよ?
てか、叱られない内にご自分の執務室に戻った方が良いと思う。

じゃ、とばっちり食う前に逃げます。
どうぞ好きに料理して下さって結構です、閣下。

「…君らに感謝を」

夫婦喧嘩に巻き込まれるなんて情けない事に巻き込まれたくない。

誰もが思う事なんだと、何時になれば気付くんだ?
この何時までたっても新婚気分な竜王夫妻は。

ドアから出た直後から始まる喧嘩に呆れた溜め息を零す優秀な副官達だった。

―・―・―・―・―・―・


「何だ、それは」

日番谷が本当に珍しそうに呟いた。

「現世からの持ち込みは禁止した筈だぞ?」

腕を組みジッと睥睨する。
だが当の本人と松本はウキウキとして、聞いちゃいねぇ(怒)

「偶にはコーヒーくらい飲みたいじゃないですか」

…コーヒー?何だそれは。つか、良い匂いだな。

「でしょう!?大枚叩いて買ってきたんですよ!」
小型ながら、機能性は抜群なんですよ!

などと力説している。
買ってきたのは『ドリップコーヒーメーカー』と言っていた。

松本は「早く煎れてよっ」と催促している。

「隊長、これ、必要経費で落ちますかね?」
「駄目に決まってんだろ、馬鹿」

平隊員の言葉に駄目出しした日番谷だが、そのコーヒーと言うモノに。

…めちゃ、美味いと惚れ込んだらしい。
したがって。

「おい、キリマンジャロの豆切れてんぞ」
「…必要経費〜!」
「判ったから、買ってこい」

十番隊舎では、香ばしい薫りが漂い、入り浸る隊長達が相次いだ。
日番谷が叩き出すのに苦労すると歎いていたが。

有る意味、自業自得?(笑

―・―・―・―・―・―・


「…冷えると思ったら…」
これは、大変だな。

厚手のカーテンを少し開けながら独りごちた。

「…」
「いい加減、布団から出て来たらどう?姉上」

丸く山盛りになった寝具を揺する弟の姿がそこにあった。
矢張り、こうなるかと 深い溜め息を付き、うなだれる竜王。

「敖潤様、毎度の事ながらお願いできますか?」
この軟弱者。

「…仕方ないだろう」

そう、片手を振り、自身の副官を下がらせる。

「…全く、何故君は私達以上に身体が冬眠モードに突入するんだ」
「…そなたがわたしをそう言う身体にしたのであろう?」

布団の中でモソモソと告げる。
可愛いやら可愛くないやら、複雑だ。

「温かいミルクティーを用意しよう。…オレンジペコーで良いか?」
「ピーチがよい。レモンを浮かべてくれると尚良し」

全く、お姫様の機嫌取りも楽ではないな。
だが、こんな一時もあっても良かろう。

起き出すまでに、後少し。
甘い時間を満喫しよう。

―・―・―・―・―・―・


最近、何だか増えてないか?
酒の飲む量が。

以前は、熱い酒が飲めなかった筈と認識している。
何故、今は熱燗を嗜んでいるんだ?

「この、柚子蜂蜜を入れたら飲める様になったんだ」
凄い画期的であろう?

いや、画期的とか言う前に、今はまだ執務中の筈なんですけど。

空になった焼酎の瓶が散乱していた。

潰れた蛙よろしく某大将が上官である敖潤を抱き枕にして眠っている。
敖潤自身、ソファに寄り掛かりながら眉間に皺を寄せながら眠っている。

余りの惨状に目も当てられない。

片付ける身にもなれ!

「…後で、貴女には俺からの制裁を身に染みる程、受けて頂きます」

引き攣る頬を自覚する。

…以来、執務室での酒盛りは禁止となった。

触らぬ神に、祟り無し。

及び、怒れる副官に、逆らわない(笑

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余りにも珍し過ぎて、誰も近寄れない。
台所に立つ所か、包丁すら扱った事が無い人が。

「少しは料理でもするか」

などと言い出したモンだから。

『本当にやらせても大丈夫なのか?』
『大丈夫であろ。捲簾が付いているのだから』
『それにしても、何でまたいきなり思い立ったんです?』
『わたしが知るか、そんな事』
『貴女の弟でしょう?』

壁にへばり付き、台所の内部を窺う四種の眼。
竜王夫妻とその副官、天蓬の四人である。

「そう、そこから…うん、出来」

満足そうに頷く捲簾。

「何かいびつではないか?」
「初めてにしちゃ、上手いよ、お前」

不安と不満な雰囲気が篭る口調だが、捲簾はカラカラ笑う。

「向上心が旺盛だな、もっと上達できるぜ、その分だと!」

さあ、何が出来るかは。

お楽しみ、と言う事で(笑

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つくづく思う。
何故に自分が巻き込まれなければならないんだ?

「何だ〜?呑み足りないんじゃねえかぁ〜?」

既に呂律の回らない捲簾。

「まだまだ序の口ですよ、竜王閣下」

澄ました顔して一番呑んでいる天蓬。
そして潰れた第一小隊の面々プラスα。

…勘弁してくれよ!
誰がこの潰れたのを面倒みなきゃならないと思ってるんだ!

スヤスヤと眠る愛しい女は明日の朝、二日酔いで苦しむだろう事は必死。

幸いか、酒に強い敖潤は正気を保ったまま、閉会を迎える事となる。

明日の執務は、壊滅的だな。

そう感じながら。

―・―・―・―・―・―・

改訂済み20090724

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