うたたね


寒い、ある冬の日。
放射冷却で其処ら中に霜が降りていた。
そんな時の日溜まりの救われる、暖かさ。

西海竜王が自分を探しているだろうな、と。
分かっていても体は温もりの虜。
動く事など、初めから。

「無理であろ」

サボるのも、また一興。
窓辺に寄りかかり、陽の光に戯れる。

そんな「うたたね」も許すがよい。

そうであろ?敖潤?

―・―・―・―・―・―・


この一服が堪らない!


月末になるとやってくるのは給金日。
今月は頑張ったから、事務処理も虚退治も。
結構、稼いだ!

ふんふん、ふふん。

鼻唄混じりに廊下を歩く。
久し振りに、内輪で飲みに行こうかな。
楽しい計画は、立てている内が花。

終業間際。

「大虚が出没。直ちに急行すべし」

ちっくしょー!虚の、大バカ野郎!!!

何人かは滝の様な涙を流しながら現場へ旅立って行った。

そして。
日付が変わってから漸く解放された。
報告書など後日で良いと思っていたのに、鬼が。(敖潤のいけず)
まぁ、報告書が上がるまで待っていてくれたから、良しとする。

椅子にだらしなく背を預け、煙草をくゆらせる。
紫煙が大気に溶けていく。

ああ、この一服が堪らない!

「…呑みすぎは良くないぞ」

と、釘を刺された、そんな一日。

―・―・―・―・―・―・


勘弁してよ。


空はこの上なく、不機嫌。
風は強く吹き荒れて。
雨脚も強くなってきた。

カタカタ、と自分専用端末で報告書の作成に当たっていた。
煙草をくゆらせながら、

「あ、また光った。凄い」

などと呑気に独りごちる姉。
次の瞬間、地響きと共に揺れた様な気がした。

うわ、凄い。近くにでも落ちたかな。

何て悠長に。

バスン!

…暗闇。

漏電ブレーカーが、落ちた。
火花が飛んだのはマイ端末。

「のあああぁぁあ!」

データも何もかもが。

すっとんだ!!!

泣くに泣けない。
厄日なお話。


半、実話(笑)
ウチは端末ではなくストーブで、電送板がご臨終。

―・―・―・―・―・―・


天界と魂魄界。
永い時の中でも、違うものは一つは有る。

それは。

四季が有ること。


「…暑い…」
死ぬ。死んでしまう。

グッタリと執務机に倒れ込む。
大量に積まれた書類の隙間を探すと、冷たい机に頬を寄せる。

「軟弱者」

涼しげに言い切る。

「それが姉に言う台詞か?可愛くないな、そなた」
「如何とでも」

暑さに強く、寒さにも強い我が弟。

「肌も乾燥するから、余り使用しない方が」
きっと敖潤竜王も喜ぶよ?

「そう、なんだがな」
判っていても、耐えられない事もある。

「直に涼しくなるよ。もう暫くであろ?」

カラン、と冷えた麦茶のグラスの氷が崩れる。

「判っていても、耐えるのは辛い…」

そより。

開け放たれた窓から風が吹き抜ける。

「あ…涼しい」
「極楽の余り風、だね」

気持ちの良い涼風を言う。

「さぁ、へばってないで、仕事、仕事」

仕事の鬼だな、そなた。

泣く泣く執務に集中する。

そんな、夏の日。

―・―・―・―・―・―・


「なあなあ、頼まれてくれねぇ?」

捲簾の、この一言が、わたしの本能に火を付けた。

ソファに座るその膝に、ツンツンの漆黒の短髪。
それは『膝枕』。

そして、手に握られているのは『耳かき』。

捲簾が頼んだのは、耳かきである。

「痛かったら言うがよい」

クリクリと先の窪みで掻き出していく。
たまにチクリと痛みはしたが、気持ち良い。

「やっぱ、やって貰うのって、最高だな」

終わったぞと声を掛けられても膝から降りようとしない。

「アイツにも耳かきしてやってんのか?」

腹に顔を埋めながら聞いてくる。

「いや、した事はないな」
でも、耳かきは好きだからな。その内、やらせてくれと頼もうかな。

「耳かきの鬼だな、お前」

敖潤がそんな簡単に承諾するとは思えない。

でも、頼む事は良いであろ?と耳かきを片手に燃え上がる。

…知らねっと。

捲簾は自分が振った事を少し後悔した。

明日当たり、スッキリしながら耳が痛いと言う様子。
目に浮かぶよな。

―・―・―・―・―・―・


時間的に、もう明け方。
後2時間もすれば日の出だろう。

「すっかり遅くなってしまったな」

残務処理がこんなに時間掛るなんて前代未聞。

ブツブツと愚痴を漏らす。

「仕方ないだろう?」

苦笑を返し、こんな時もある、と慰める。
優しい旦那様に感謝しつつ、隣を歩く。

「綺麗な夜空だな」

話題をつい、と変える。

「うん?」

紅い目と紫瞳が夜空を見上げる。

「星の瞬きに癒されるとか言ったら如何する?」

紫瞳が呟く。

「君はロマンチストだな」

意外な発見だ。
敖潤は真面目に驚き、見直した。
彼女は、リアリストだとばかり思っていたから。

「リアリストだよ。ほら」
良く見てみるがよい、敖潤。

「何だ?」

何が言いたいのだろう。
首を傾げる敖潤。

「東の空。真夏に真冬の星座を見ているんだぞ?」

燦然と輝く、オリオン。

「…確かに、君はリアリストだな」
「であろ?」

それでも。

誰も見ていない夜の逢い引きは楽しい。

また、夜に逢おう、敖潤?

仕方ないな、付き合うよ。

そして、夜が明けていく。

―・―・―・―・―・―・


あのなぁ、判るんだが。
だからって、此れは如何だろう?何なんだ?

「…聞いても?」

火鉢から離れられない、猫一匹。
いや、『猫』と言うには図体がでかすぎる。

「あったかぁい」

ゴロゴロと頬擦りでも為かねない。
はぁーっと、深々と溜め息を付く。

ジロリと眦高い紫瞳を寄越すが、何も言わずに暖を取る。

「…こんなに寒がりだったか?君は」
「知らなかったとは意外だな、敖潤」
わたしは、暑がりの寒がりだぞ?

いや、そんな所で威張られても。

敖潤の心の声は、当然届く筈も無く。

少しだけ、火鉢に、らしくもなく嫉妬らしきものを感じた。

グイ、と引き寄せる。

「うわ、っ?」

バランスを崩し、敖潤の胸の中に飛込む形になる。

「寒いなら、俺の所に来い。幾等でも温めてやるから」

ギュッと抱き締める。
体温の低い竜族は、余りに冷え込むと体が冬眠状態に近くなる。
敖潤とて、同じこと。

「君と一緒なら、どんなに寒くても冬眠はしないだろうから」

俺を暖める事と、自分の暖を取る事。
同時に出来るなら、儲け物だろう?

「わたしに甘えたいだけ、とは言わぬのか?」
「甘える事に執着するのは君だけだ」
一緒にするな、俺は君に抱きつきたいだけだ。

一層の力で抱き締める。

「痛い、痛いって、ば」

そう抗議しながらも何だか楽しそうだ。

何時まで経っても新婚さんな雰囲気だな。

ドアの外で寒くて堪らないが、中に踏み込む勇気も無い。
竜王の部下達は鼻水を垂らしながら、そう思う。

そして、それが発端となったか如何かは定かでは無いが。

西海軍では風邪が満延して執務に支障をきたした。
…らしい。

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肌がカサカサになったー。

そう嘆くのは良いが、それは自業自得、と言わないか?

「寒いから、湯船で暖まってくる」

と、バスタオル片手に宣言する姿に、イチイチ言わずとも良かろうに。

そう思っていた。
それが、毎日の日課になろうとは。
流石に思いもしなかった。

「痒い〜」

湯船に浸り過ぎて肌が乾燥して粉が吹く。

如何なったら、そんなに酷い状態になるんだ。

保湿クリームを片手に呆れる。

まぁ、愛しい人の肌に触れ合えるのは、この上ない悦びだが。

背中と二の腕、腰回り。
手の届かない所を重点的に擦り込む。

だが、ふと、悪戯を思い付くとスッと、腕を胸に回す。

「…っ、ちょっと、まて、敖潤…っ!」

ジタバタ暴れる。

「執務を邪魔されたんだ。此くらいは、良いだろう?」

そう言われても。

擽ったいやら、なんやら。

全く、このまま、なだれ込むのは嫌だな。

そう思いながらの戯れ。

相変わらずの、新婚さんである(笑)。

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季節柄、辛いのは寒さだけではない。

「…点しすぎじゃね?」

捲簾が執務室に、書類を届けに来た時にボソッと呟いた台詞。

「仕方ないであろ。乾燥して辛いんだ」

目薬とティッシュ片手に出迎えられてもなぁ。

執務机の端にさりげなく置かれた加湿器。
室内にも置いて有るのに、まだ要るのか?

「ドライアイですね」

と診断されて処方された目薬。
防腐剤が一切入っていない物で一度封を切れば、一週間しか持たない。

しかし、当の本人は一日で使い切る。

…どれだけ点してんだよ。

捲簾にはドライアイの辛さが良く判らない。

「目のデカさは関係ねぇの?」
「無いな。あーもう、外したッ」

加湿器と湿度計が手放せない総司令官。
確かに白目が充血してたり、瞬きが多いとは思っていた。

つくづく、辛い季節なんだなと思う。

「何もしてやれんが、お大事に」

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寒いと思った。それは天気が良いから。

「…これは、早めに出た方が良いな」

ポツリ呟く。

昨日の夜半から粉雪が降り続いていた。
牡丹雪よりも粉雪の方が水分は少ない。
て、事は、それだけの寒いと言う事だ。

明け方には雪も止み、雲も晴れた。
そして来るのは、『放射冷却』現象。

寒さも一段と底冷えし、アチコチが凍り付く。

「…お湯、出るかな」
いや、出ないかも(泣)

ああ、嫌だ。もっとゆっくり寝ていたいのに。

「軟弱者、起きなさい、姉上!」

布団を剥がれ、泣く泣く起き上がる。

「外はバリバリに凍っている」
何時もより早めに出るからね。

「…はぁい」

この冬の時期、毎日繰り返される事。
布団の温かさの虜となった『軟弱者』とその弟の攻防戦。

「全く、姉上は竜族では無いのに如何してそこまで弱いんだ!」
泣きたくなって来るぞ。

「軟弱者」
「姉上には言われたくない!」

そう。

穏やかな一日の始まりは、大概こんな感じである。

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改訂済・200090723

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