短編集

□荒真(弱ペダ)
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※口調迷子




「歩くのヘタクソだネ」



特に何を考えるでもなく歩いていた俺の背中にそんな言葉がかけられた。立ち止まって後ろに居る荒北さんを視界に入れてパチパチと数回の瞬きをする間に言葉の意味を考えて、それから首を傾げる。



「ヘタクソ…かなぁ?」



自分の脚を見下ろしてみたり後ろ脚を確認してみたりしながら数歩ゆっくりと歩いてみても荒北さんの言う"ヘタクソ"がどういう事なのかイマイチ分からない。自分の歩き方の何処かが変なのだろうかと脚を見ながら数歩進んでは首を傾げてを繰り返す。



「なに変なことしてんだヨ不思議チャン」



呆れたような声に脚を止めてくるり、と綺麗な回れ右をして荒北さんの方を向いて笑ってみる。




「荒北さんがヘタクソって言うから、何処がかなって思って」



荒北さんは俺がゆっくりと歩いた分だけ出来た距離を面倒臭そうに縮めて、それから手を伸ばしてもギリギリ届かないであろう場所で立ち止まる。ああ、ちょっと残念だなぁ。あと一歩でも動けば届くけれど、荒北さんに言われたヘタクソの理由が気になって余計にヘタクソな歩き方になってしまいそうだから何となく踏み出せない。仕方なく自分の右足をプラプラと前後に軽く揺らしていれば、小さく笑う声が聞こえた。



「荒北さん?」


「ガキみてぇ」


「荒北さんと二つしか違わないよ」


「敬語使えてねェ奴がナァニ言ってんだか」



荒北さんだって敬語使えなさそうなのに、とは言わずに口を閉じる。そしてまた方向転換して荒北さん曰くヘタクソな歩みで進んでいればやっぱり後ろにいる荒北さんが笑った音が届く。


「変じゃないと思うんだけどなぁ」



今度は振り返ることなく自分の足元を見つめながら歩き続ける。



「変だとは言ってないケド」


「荒北さんがヘタクソって言ったんじゃないですか」

「ホラ、変とは言ってないじゃナァイ」


「ヘタクソも変も同じようなものじゃないですか」


「微妙にニュアンスが違うんだヨ」



少しずつ後ろから届く声が小さくなっていく。遅くも速くもない歩調で進んで行きながら、距離が離れていく事を知る。俺は歩いていて、荒北さんは立ち止まったままだろうから、当たり前のことだ。それなのに、ほんの少しだけ淋しい気がして。無意識に躊躇ってしまったのか踏み出した一歩が不安定な着地をした。



「ヘッタクソ!」



今までで1番大きな声だった。反射のように振り向けば、荒北さんがズカズカと近付いて来て今度は手を伸ばせば触れられる距離で立ち止まった。



「荒北さんって、酷い」


「酷くねーヨ」


「…そんなに歩くのヘタクソかな、俺」


「歩き始めたばっかのガキみてぇにフラフラし過ぎなのォ」



ふっ、と荒北さんは短く息を吐き出してから言葉を探すように斜め上を向いて、暫くしてから唸りながらガリガリと頭を掻いた。俺はその姿をぼんやりと見つめていた。



「なぁ、真波」


「…なぁに、荒北さん」



ああ、嫌だな。急に真面目で固い雰囲気になった荒北さんにそんなことを思った。けれど、こちらがいくら嫌がっても荒北さんは聞いてくれないだろう。



「フラフラしてて危なっかしい歩き方、やめろヨ」



本当は分かってるんだろ、と荒北さんの目が俺に告げる。気まずくて痛くて見ていられなくてそっと視線をずらしてジッと足元を見つめる。実の事を言えば、どうして荒北さんに歩くのがヘタクソだと言われるかぼんやりと自覚してはいるのだ。多分きっと、俺は荒北さんのことが好きで。何だかんだ世話好きな荒北さんが見てくれているのを知っていて、ずっと見ていて欲しくて荒北さんの前でだけどうしようもなく不安定な足取りであっちこっちへ進んでしまう。子供が親に構って欲しくて騒ぐのと等しい独占欲なのかもしれない。



「真波」


「…もうちょっと、成長するまで待って欲しいな」



上手くいかない笑みをつくりながらヘタクソな一歩を踏み出して荒北さんの手に触れて、懇願するようにきゅっと握りしめる。



「…仕方ねぇナ、いつまでも見てやれねぇから後少しだけだヨ」



暫く黙り込んでいた荒北さんは溜め息を吐いて不器用に、少しだけ苦しそうに、笑った。



「そろそろ帰ンぞ」


「…はい」



触れていた手が緩く握り返されて、荒北さんが歩く度に引っ張られる。俺はその繋がれた手を道標に2歩分だけ後ろを、やっぱりヘタクソな足取りで歩いていく。




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