短編集

□荒東(弱ペダ)
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6月というだけあって纏わり付くような暑さが続いている、そんな日。荒北と東堂は珍しく自転車ではなく二人でバスに乗っていた。明確な行き先のない気まぐれな外出であったから、何となく気が向いた場所で降りて黙々と歩いた。余り馴染みのない町並みを歩いているうちにポツリポツリと雨が降り出した。雨だ、と立ち止まって曇り空を仰ぐ東堂に荒北は濡れんぞと声をかけて周りの人々とは反対側へと走り出した。次第に勢いを増す雨が全身を濡らしていくのを感じながら走って暫く、ようやっと男二人が身を置いても平気そうな軒下を見つけた。荒北と東堂はそこに駆け込んで、溜め息をつく。



「いきなり降ってきたな…」


「暫く止まないっぽいネ」


二人ともどんよりと曇った空を見つめながら何ら意味のない言葉を交わす。この急に降り出した雨のせいで先程まであった人影があまり感じられなくなって、ほんのたまに人が二人の前を走り抜けていくだけだ。荒北と東堂が言葉を紡がなければ雨の音とお互いの呼吸の音しか聞こえない空間はまるで世界の終わりを迎えた場所。
そうして、そんな沈黙に耐え兼ねたのは荒北が先だった。荒北は別段静かなのが苦手な訳ではない。けれど自転車部活に入ってからは毎日いっそ煩いくらいの日々を過ごしていたし、普段から騒がしい東堂がこうもだんまり状態であると何だか違和感があって落ち着かなかったのだ。どうしてか焦燥にも似た感情を持った荒北はそれを隠して何でもない風を装って東堂へと言葉を投げる。



「…今日は随分と静かなんじゃナァイ?」



「…そうか?」



東堂は空から視線を外して荒北の方を見て首を傾げて、それから少しばかり考えるように眉を寄せる。
荒北はそんな東堂を横目に見ながら黙っていた。



「…たまに、考えるんだ」



ぽつ、と頼りなさ気に零された東堂の声。荒北は言葉を返すことなくただ聞くことだけに神経を集中させていた。



「こうして出掛ける事も傍にいることも出来るけど誰かがいれば触れる事はそう簡単なことじゃない。友人として触れたくはないけど周りの目も無視出来なくて…友人ではないのに友人で、俺とお前の関係は何なんだろうな…もし、」



そこで区切った東堂は切望と諦めの混じった目で、一つの傘の中で寄り添うように歩いていくカップルを見ていた。それだけでも東堂が何を考えて、思って、見ているのか荒北にだって分かっていた。



「…東堂」



「…どちらかが女であったなら堂々と傍にいて、触れて、…きっと、」



どんな未来だって一番近くで一緒に歩いていられただろう、なんて実際に叶う確率が零に等しいような酷く浅ましい言葉を東堂は最後まで吐き出せずに唇を噛み締めて、それから下手くそに笑った。荒北はその笑顔とも呼べないものに苛立ちと焦燥を感じていた。
一体どうしたら余計なものを捨ててしまえるのだろう、東堂も、俺も。
きっと答えを出すことは難し過ぎて一生出来ないだろうと知りながらも思案することは止められないのだ。



「…っ、荒北、」



俯いていた東堂の右手を緩く握った荒北は地面に広がる水溜まりを見つめる。
人通りが少ないというのに過剰な程に周りを気にする東堂の手を引いて荒北はそっと言葉を渡す。



「雨降ってる間くらい許されンだろ」



男女の恋愛が普通とされる世界の中で生きている。後ろ指さされると知っていて堂々と触れる覚悟なんて荒北にはなく、それは東堂も等しく言えるだろう。だからこそ。踏み出せない後ろめたさを埋めるように、堂々と触れ合えない痛みをごまかすように。雨が降っていれば見られる事もないなんてこじつけの免罪符を作る。いつかそう遠くない未来に何らかの形で裁かれる日が来ると知っているのに。許される、なんて所詮は願望のくせにと思いながらも荒北は口にしないではいられなかったのだ。荒北が東堂を選んだこと、東堂が荒北を選んだこと。その選択は普通ではないときちんと分かってる、だから切り取られた今だけは。




「…そう、だな」



隣から返ってきた東堂の声はどうしようもなく震えていて、荒北は繋がれた手に少し力を込めて空を睨みつけた。
まだまだ空から日が注す気配はない。



(いっそこのまま降り続いて世界をのみこんでくれれば、きっと堂々と触れられるのに)






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