短編集
□高黒(krk)
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※意味不明に雰囲気でふわっと
人はみんな等しく何かの選択を間違えて生きている。
そんな、いつかに読んだ何かの本の一節を思い出していた。自らの手に感じる熱量は吹き付ける雫が冷たくなればなるほど比例するように小さくなっていく。
それを知りながら、ただひたすら暗闇の中を月の方向へ向かって歩いていく。
「なぁ、黒子」
「なんでしょう、高尾君」
「さみぃな」
「寒いですね」
トン、トン、とゆっくりとリズムを刻むような中身のない言葉のやり取りが交わされる。打ち付ける雫のせいで皆みんな閉じこもっているから過ぎる程に静かで、まるで崩壊した世界の中をたった二人で生きているのではないかなんて思い始める。きっとそんな思考、普段だったら馬鹿馬鹿しいと笑うだろうしそもそも思い浮かぶことさえないだろうに。
「高尾君」
「なに、黒子」
「びしょ濡れですね」
「びしょ濡れだな」
先のやり取りから暫く間があって、再び中身のない会話にもならない言葉が生まれる。このまま崩壊した二人きりの世界で中身のないやり取りを永遠と続けていたいような気分だ。けれど、きっとそれは。
訪れた静寂を壊すための言葉を零そうとして、けれど一度失敗してしまう。ドロドロと粘着質な正体不明の物体が喉に張り付いたのだ。気持ち悪い。取り払う為に唾をゴクリと飲み込んで息を吸って口を開いて、息を吐き出す。あれ、息だくを吐き出した。失敗だ。次こそは、そう意気込んで息を吸い込む。よし。
「…黒子はさ」
「……」
「間違ってると思う?」
「どうでしょう。分かりません、僕には」
「そっか」
少しずつ近付く月を見つめながら、歩く。繋がれた手に伝う空から届く雫に少し熱量が下がった。それにもう少しだと理解して、握っている手に力を込めた。
「高尾君は」
「……」
「間違ってると思いますか?」
「どうだろうな。分かんねーわ、俺には」
「そうですか」
「でもさ、きっと多分、世界からすればこれは間違いなんだろうな」
「そうですね、きっと僕等は選択を間違えている」
ぴたりと、立ち止まる。
視線はひたすらに月だけを見ているから、交わることはない。だから変わりにほんの少しだけの熱量に縋るように手だけは繋がれたまま。
「俺にとっての正解はいつも世界の不正解なんだよな」
「僕にとっての正解もいつだって不正解ですから」
「ひっでぇ話」
「仕方ないことなんですよ、きっと」
「色んなもの背負ってかなきゃ、ダメなんだよな」
「はい。どんな選択をしたって、きっと。」
「だよなー…」
「嫌な話です」
「な」
やっと視線が交わって、逆に熱量が消えていく。
「高尾君」
「なぁに、黒子」
「世界にとっての正解を、選ぼうと思います」
「そっか」
「はい」
「黒子」
「なんでしょう、高尾君」
「俺にとっての正解を、選ばないことにするわ」
「そうですか」
「うん」
「じゃあ、終わりですね」
「終わりにするか」
別々の方へ一歩踏み出す。必然的に繋がれた手と交わった視線が離れていく。
「なぁ、これは、正解と不正解どっちの選択だったんだろうな?」
「さぁ…僕には分かりません。高尾君は?」
「んー…俺にもわっかんねーな」
「そうですか」
少しだけ、笑う。この選択が正解か不正解かなんて自分達の言ったように誰にも分からないのだ、それは神にだって。誰かにとっての正解は誰かにとっての不正解で、その逆も然り。だから本当は、間違えた選択なんかないのかもしれない。それでも正解か不正解かを決め付けなくては、世界は正しく回らないからこじつけて選び取る。結局は、気の持ち様なのかもしれない。分かっていながら捨てられないもののために手を、視線を離す。有りったけの気持ちを小さく零した。最後だというのに空から雫が責め立てるように次々と打ち付けて、掻き消された。止めて欲しい、分かってるから、間違いなんだって。今すぐにでも、まだ近くにある熱量を取り戻したくて唇を噛み締める。
ああ、好きだったのに。
生まれた瞬間から今に至るまでに背負った事柄全てを裏切れない。どうして選択しなければならないのだろう。これは自分にとっての間違いだと思っているのに、進むしかないのだ。
ごめん、声に出さないまま謝った。
そうして選択した道をひたすらに歩く。
隣には小さな熱量すら、ない。