艦これ〜ある提督のお話
□曇天
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カタカタカタカタ……。
提督室に珍しくキーボードを叩く音が響く。
日頃は書く書類をしている部屋だけに、やや異様な雰囲気に包まれる。
「……あった」
僕は開いていたページの一部分をクリックした。
普段の僕なら絶対に開かないページだけれども。
「……なるほどね」
僕は全てを悟った。
…でもこれ、どう本人から問おうか。
目的が全くわからない以上、タイミングが極めて大事だ。
「…あの寂しそうな顔」
それはなにか、この問題に関わっているのだろうか……。
―――
鎮守府の朝は早い。
といっても、うちは基本的に九時開始だから提督である僕や、秘書の夕張さん、あとは秘書補佐の日替わりさん、―今日はたしか鈴谷さんだったはず―以外はあんまり早くなかったりする。
ホワイトで明るい職場だもんね。
まあ遠征の日は別だけども。
「提督、おはようございます!」
「提督、ちーっす!」
「おはよう、二人とも。」
二人とも朝から元気そうで何よりだ。
「今日も書類たくさんだけど頑張ろうか」
「うへぇー……ほんと提督も夕張も頑張るよねぇ…鈴谷なら毎日ご褒美貰えなきゃやってらんないわ」
「まあ、私はご褒美貰ってないわけではないんだけど……」
すごくモゴモゴした声で夕張さんは言う。
「そんな鈴谷さんに朗報だよ、ほら」
僕は書類のうち一つを鈴谷さんに渡した。
「なにこれ……!?マジで!?てーとく気が利くじゃーん!」
鈴谷さんは両手を上げて大喜び。
前から切望してたもんね。
「なになに、見せて…へえ!航空巡洋艦か、凄いわね!」
「でっしょー!赤城ほどは載せらんないけどすごいっしょ!」
「いいわね……提督、私も航空軽巡洋艦に…」
「いやそんな艦種ないからね?」
でも実は夕張さんの艤装も計画はしていたりする。
…… 軽巡なのは変わらないけども。
「そうときまれば鈴谷さん頑張りますよー!」
ガッツポーズをとりながら言う鈴谷さん。
これなら大丈夫かなー、と思い、席に着こうとした。
と、その時。
「…龍驤さん?」
窓の外に龍驤さんの姿が見えた。
…何をしているんだろうか。
「龍驤?急にどうしたのさ提督?」
「いや、外に龍驤さんが見えたから…こんな朝早くにどうしたのかなって」
「ほう、提督はスタイル抜群の鈴谷さんより龍驤さんみたいなつるぺたの方がいいと」
「何の話ですか」
でもこれはチャンスかもしれない。
…彼女の真意を知ることができるかも。
「ごめんなさい、少しだけ席はずすね」
「提督、ですがまだ書類が……」
「夕張さんの艤装改造についての書類もあるからちょっとだけお願い」
「……はい!でも少しだけですよ!」
…まあ仕方ないか、うん…。
サプライズにしたかったんだけどなぁ。
―――
龍驤さんが向かった方向に行くと、そこは出撃港だった。
龍驤さんは、海沿いのコンクリートの上に腰かけていた。
「……」
ぼー、っと海を眺めている龍驤さん。
…声かけづらいな。
「…ウチになんか用か?」
「…!?」
気付かれてた!?
「…なんや、キミか。驚かせてもうたかな」
「ううん、大丈夫…龍驤さんはどうしてこんな朝早くに?」
「ウチは……元々この時間より早起きしなきゃいけないところだったからさ」
この時間よりって…ほぼ夜明けに等しいぐらいの時間ではないだろうか。
「それで目が冴えてもうて、愛宕は寝とるから起こすのも悪いなーおもて、一人で出てきたんや」
「そっか…」
「…ここはこの時間でもすごく静やね、そして夜はみんな楽しそうで、賑やかで…遠征出とるときも和気あいあいとしてて」
「龍驤さん…?」
なんだか、龍驤さんの声がだんだんと低くなってきていた。
「…ウチには眩しすぎるよ」
…と、涙声で言った。
「…龍驤さん、聞いてもいい?」
「…ええよ」
「うん…単刀直入に聞くね」
「龍驤さんは艦隊とはぐれたのではないのでしょう?」
…我ながらひどいタイミングだと思う。
でも素直に話してくれそうなのもこのタイミングしかなさそうで。
「…キミ、かわいい顔してなかなか洞察力高いんやね」
「そんなことはないよ、ただ、龍驤さんの笑い方が少し違和感があっただけで」
「あはは、それが洞察力高いいうんちゃうんか。でも本当にそれだけ?」
「それだけではないんだけどね、その違和感の命ずるままに本部の行方不明者リスト覗いただけだよ」
「そしてそこにはウチと愛宕の名前はなかった、と。そういうわけやね?」
「…その通り。そして僕としては正体不明の艦娘から鎮守府を守る義務がある。…全て話してもらえますか?」
「…せやね。でもウチは悪いことする気は始めからない、それだけはまず信じてほしい」
「わかった、信じるよ」
「…あんまりすぐ信じるんもよくないで、キミ」
「あはは、昔から無闇に人を信じすぎだってよく言われるよ」
はぁ、と龍驤さんはため息をついた。
「…本題にはいろか、まずウチは間違いなく軽空母龍驤であっとる、なんなら艦載機出してもいい」
「ウチがいた鎮守府は限りなく最前線に近いところやった。提督の階級も元帥やったしな」
「最前線の状況は凄いで、毎日のように大怪我を負った艦娘が運ばれてくるし、…死んでまう娘だって珍しくない」
「それでも…他所の連中は楽しそうやった、鎮守府全体で助け合って、一丸となってたし…提督と結ばれてた艦娘もおった」
「…でもな、全部の鎮守府がそうじゃない、一丸となって立ち向かって最前線に赴くところばかりじゃないんや」
「…ウチのところもそうやった。艦娘を馬車馬のようにこき使い、不要となれば切り捨てるようなところやった」
「潜水艦や駆逐艦の子らは毎日休む間もなく働かされ、次々と倒れては切り捨てられ、人員補充されとったし、戦艦や空母の人らも毎日最前線に送り出されてた」
「反発する艦娘もおったけど、…ウチらにはここにしか、鎮守府にしか居場所がないから従うしかなかった」
「…ウチもずっと耐えてきた。そんな時にな、最前線がついに煮詰まったんや」
「艦娘の疲労が溜まりきっとるから、そろそろこの時がきたかって感じはした。みんな、ろくに玉も避けられんような状態やったし」
「やっとみんな休ましてもらえるかなって、安堵してた艦娘もおった…でも、提督が下したのはそんなんとかけ離れたもんやったんや」
ふう、と息をつく龍驤さん。
「…こっから血生臭い話になるけど、ええか?」
「…ここまで来たら、最後まで聞くよ」
もうすでに頭がくらくらしそうなぐらい血生臭い話だから…。
…この周辺がいかに平和か、よくわかった気がする。
「…いくで。提督が下したのは…練度が低くて戦力として小さい艦娘を囮にする…巷で『捨て艦』呼ばれてる戦法やった」
「…でも、その指令が下された当人以外はなんも知らんかったんや、ただ当人以外はまだ出撃させるのか、って気持ちだけやった」
「その囮に最初に選ばれたのが―ウチの可愛がってた駆逐艦の子やった。ウチも、その子が死ぬまで捨て艦なんて知らんかった。…ちょうど、その子が捨て艦として出撃した時、ウチも出撃やったんや」
「その子が息を引き取る直前に全部教えてくれてな…。…ウチは何もできなかった自分が許せなかった。そして、その子が息を引き取ってすぐに現れたのが愛宕やったんや」
「…愛宕はその子に似すぎてたんや。まるで生き写しのようにな…。…このまま連れ帰ったらまたあの子のように使い捨てられる…ウチは衝動的に愛宕を連れて鎮守府から逃げた、その後はキミの知ってる通りや」
「…そんな」
そこまで深刻な話だとは思わなかった。
…僕としてはスパイとか、その辺かな、と思っていたのだけれど。
「…信じられへんかもしれへんけど、これが真実や。…ウチとしては愛宕さえどうにかできたらよかったんやけどな」
ふぅ…、と、何回目かわからないため息をつく龍驤さん。
「…全部知られてもうたし、ウチは消えようかな。…キミ、愛宕をよろしく頼む」
「…いや、別に去らなくてもいいよ」
え、と言うような顔をする龍驤さん。
「害意はないのでしょ?なら去る必要はないよ…それよりも、帰るわけでもなく何処かへいくのなら、うちの鎮守府に協力してほしいな…って」
「…でも、ウチは嘘ついてたんやで?」
「でも、本当のことを話してくれたでしょ?」
「でも……」
…龍驤さんは悩んでいる。
僕としてもこのまま何処かへ行ったり、元の過酷な現場に戻るよりはここに残ってほしいと思う。
「…でも、ウチは……」
…その時。
「……あれ、あれは…?」
龍驤さんは海の方を指差した。
そこには、一人の艦娘がいた。
「……黒潮!?」
「龍驤!探したで!」
どうやら、龍驤さんの知り合いのようだ。
「どうしてここが…」
「そんなことより!大変なんや!」
…なにやらただならない感じだ。